宿の対価
「ふーん。じゃあ潜入捜査班がクーガで、実行班がイヴだったんだ」
「そう。で、もうひとり物資班がいて、それでチーム」
クーガはイヴならと言って、快く部屋を貸してくれた。四部屋ほどある広い秘密基地の、一室をエナルとカナルに、もう一室をイヴに。
エナルとカナルはぼんやりとろうそくの光る地下室に、いつになく興奮していた。
「雰囲気だけで楽しいね!」
「本の世界そのものだものね」
ギシギシきしむカビ臭いベッドでさえ、その空間を素敵にしてるように思えた。
「クーガとイヴに夕食を任せてよかったのかしら?」
「名乗り出たんだし、いいんじゃない?」
ついさっきクーガとイヴは、夕食は俺らがと言って、外に出て行ってしまった。
「それもそうね」
エナルとカナルはそれぞれ読書にふけった。
「いくら払えばいいんだよ?」
「なんのことだ?」
イヴがめんどくさそうにクーガに聞くと、クーガは明らかにわざと聞き返した。
「だから! お前のことだから、金取るんだろ?」
「いーや? 別にいらねぇよ。お前らからはした金を取る気はねぇ」
「じゃあなに取るんだよ。見返りもなく助けてくれるなんて、お前に限ってあるわけねぇだろ」
クーガは昔からそういう男だった。
仲間意識なんてものはまるでなくて、自分の利益のある方にしか動かない。
「それがあるんだな。まあ、金は取らないだけだけど」
「どういうことだよ?」
クーガはいかにも意地が悪そうに微笑む。
「そりゃ、皇女様に会えただけで光栄ってな」
「そろそろ切り傷入れるぞ」
「情報をくれ」
言うと同時に、イヴに二本指を突きつける。
イヴは一瞬表情を固くして、頷いた。
「一つ目は?」
「俺らのところはまだ俺を探してるか?」
クーガがずっとここにいるのも、主人に見つかったらそれこそ殺されてしまうからだった。
もう死んだと思っているなら、ある程度行動範囲は広がる。
「探してねぇな。別に金を持ち出したわけでも情報を持ち出したわけでもねぇ、下っ端がいなくなったところで困らないんだろ」
「組織の情報は持ってるけどな」
「それについても問題なしと判断したんだと思う。お前がいなくなった後も、ミスった計画は数えるほどだ」
「情報漏洩した可能性は極めて低いってわけだ」
クーガはひとりで納得したように頷いた。
それからチラッとイヴを見て、問う。
「お前はどうして皇女さんと逃げてる?」
「それは二つ目の質問か?」
「いや、個人的興味だ」
「なら答えねぇ」
クーガは一瞬拗ねたような顔をした。
イヴはそれを面白そうに眺めている。
「二つ目は憲兵だな。サリヤを殺した俺たちの情報をあいつらがどれだけ握ってるか」
「俺が憲兵の前に立っても、皇女を逃した男っていう位置付けだったから、身なりはバレてないと見る」
「そりゃよかった」
なにか考えるように遠くを眺めていたクーガは、ひとつ頷いてイヴの方を向き直った。
イヴはしばらく無言だったが、いたずらっ子のように笑って言った。
「そういえば俺らの主人、イリヤらしいぜ」
瞬間、クーガの顔がくしゃっと崩れた。
「こちとら殺す親がいねぇっての」
街で叱られる子供が、手を引かれて歩く子供が、どれだけ羨ましかったか。
それを思い出したように、心底軽蔑した目をしたクーガに、イヴはそっと頷いた。
「そろそろ戻ろうぜ。皇女様をあんまり待たせるわけにも行かねぇだろ」
戯けた様子をして見せるイヴに大人しく従って、クーガはくるりと振り向いた。
「別に元がひねくれてるわけじゃねぇんだよな」
「なんか言ったか?」
「なんでもねぇよ」
そう、クーガの元がひねくれてるわけではなかった。
根源は捨てた親にある。
自分のことを言われたようで、イヴはひとつ身震いした。




