重臣と妃
エナルの能力で脅されたイリナは、さっさと宮の近くの自分の城まで帰ってきていた。
「イリナ様。息子に調べさせたのですが、国内では緑色の竜を飼われているのはイリナ様だけらしくて……。国境の見張り兵にも聞きましたが、隣から竜がきた可能性もほぼ確実にありません」
「そうか」
「何度も申し上げるようですが、よかったのですか?」
「構わない。手は打った」
手は打ったと言うイリナに、従者は首を傾げた。
一方のイリナはなにをしたかを従者に言うつもりはないようだった。
「すまんが、そろそろ応接間を頼む」
「かしこまりました」
今日はイリナの姉、カリナが城にやって来るふた月に一回の日だった。
毎回その度に従者たちは大騒ぎだが、イリナは気にも留めていないようだ。イリナからしてみれば、第一妃だろうがなんだろうが、姉は姉なのだろう。
ちりん、ちりん。
「来たか」
王族が通ることを伝える鈴の音が鳴った。
イリナは心底めんどくさそうに腰をあげた。
「帰ってきたー」
「わざわざご足労頂き、誠に感謝いたします」
渋々というように姉の前に跪いて敬意の拳をあげるイリナの背を、カリナはバシバシと叩いた。
「痛……」
「おー? 久々に喧嘩する?」
自分よりも三つ上なのに、まだまだあどけない姉の顔を呆れて見返して、イリナは言った。
「やりません。大体、昔じゃあるまいし、私と喧嘩したら大変なことになりましょう?」
「ちぇ」
言葉とは裏腹にぷくっと膨れるカリナに、イリナは苦笑いした。
「こちらです、姉様」
案内するまでもない姉の実家を、イリナは当主らしく案内した。
カリナはイリナに従いはしたものの、イリナを追い越して、先に応接室に入っていった。
「昔はお客様しか入れなかったから、応接室に憧れたけど、今となると普通に部屋に戻りたいよ」
「ダメです。姉様はもうこの家のものではないでしょう」
「実家なのに!」
王家に不満があるようでも、妃であることに不満があるようでもない。
ただただ実家で昔を懐かしみたいと思うのだろうか。
(いい迷惑だ)
イリナは優秀な子供であったけれど、それ以上にカリナが優秀だった。
勉強では三つ上の姉と張り合っていたのに、なぜか人望ではからきし勝てない。戦術の授業は出来ない。
剣は振れても弓が打てない。馬に乗れても飛行魚には乗れない。
それらを克服しようと躍起になるイリナの隣で、カリナは涼しそうなものだった。
(やっと同じ家でなくなったのに、なんで帰ってくる)
イリナはとにかく姉がわずらわしかった。
次期当主である自分よりも、ずっと当主にふさわしいと言われる姉が嫌いだった。
「難しい顔してる?」
「いえ、別に」
「エル・グランデとこの国を通じてなにしてるの?」
「は?」
勘付かれているのは想定の範囲内だったけれど、エル・グランデとの関わりまでバレているとは思ってなかったのだろう。イリナはぽかんと口を開けて、間抜け顔をした。
「あっははは! 間抜けな顔だね。そっか、やっぱりエル・グランデとも繋がってたかー」
「カマをかけたのですか?」
イリナは顔こそ静かに微笑んでいたものの、指先は怒りで震えていた。
その様子を見て、カリナはさぞ愉快そうに笑っている。
「まだ戦術が苦手なの?」
「余計なお世話です」
バレたからには、相手がどこまで掴んでいるかが知りたかった。
イリナはあれこれ考えて、カリナは戦術の授業が一番得意だったことを思い出した。
「どこまで掴んでいるのですか、姉様」
包み隠すでもなく、探りを入れる風でもなく、真正面から切り込んできた弟に、カリナは意外そうな顔をした。
「戦術は出来なくても、姉の使い方は覚えたのかな」
邪気がなさそうに笑って、カリナは続ける。
「正直カマかけないと確証が持てないくらいだから、あなたが思っている以上になにも掴んでないよ」
「そうですか」
上手くはぐらかすような答えに、イリナは不満げながらに引いた。
「でもこの国とエル・グランデの友好関係をぶっ壊したりしたら、国家権力も働くと思ってて」
「……とんだ妃だな」
「なんだと?」
「なんでもありません、姉様」
重臣という立場にあるから、裏でこそこそやれるのだというのは、イリナが一番よく分かっていた。それも見透かしてカリナは弟に釘を打っている。
(いつまで経ってもこの姉には勝てない)
イリナは苦々しい思いを隠して微笑んだ。




