偽物のおばさん
次の日の朝早く、イヴは眠りこける双子を起こして、旅支度をした。
「うわっ、おじさんこれどうしたの!?」
ちゃんとティフの背中に戻されていた小船だったものは、箱船になっていて、イヴは驚いた。
「せっかく竜なんて一級品持ってるなら、その背中の船も一級品にしなくちゃな」
おじさんは自慢気に入れ入れと船を指差す。
恐る恐る縄ばしごを登って中に入ると、思わずほうっと息が漏れた。
「すげーだろ?」
本当にすごかった。
箱船の真ん中には、きちんと小船が縛り付けられていて、なんだか秘密基地みたいだ。木の格子がつけられた窓まで付いている。
「この燭台になにを置くの?」
まさか木の箱船にろうそくを置くわけではあるまい。
それでも四方の角には立派な燭台が付いていた。
「これやるよ」
おじさんが投げてよこしたのは光石だった。
暗がりでぽうっと光り輝く、高価な石だ。
「光石なんて高いもの、四つももらえないよ!」
「小遣いだよ」
照れ臭そうに歩いて行ってしまったおじさんに、イヴは素直にお礼を言った。
「イヴ、イヴ! すごいよ、船室の中見てみてよ!」
さっきまで重いまぶたを擦っていたのに、カナルはすっかり興奮していた。
それにしたって船室は綺麗になっていた。溢れんばかりだったガラクタは全部片付けられていて、黄ばんだマットレスも真っ白。
「うおお……。おじさんよく片付けたな……」
「あとなんか銀貨一枚があったよ?」
「……今度お礼しなくちゃな」
おじさんは一文にもならないガラクタを銀貨一枚で引き取ってくれたのだった。
「後ろの方なら外の様子も見れそうよ」
くるくると偵察し回っていたエナルも微笑んだ。
「そろそろ行くー?」
「あ、待って。ちょっと俺、おばさんにひと言だけ言ってくる」
縄ばしごを下るのももどかしくて、数段飛ばして飛び降りたイヴは、おばさんの元に駆け寄る。
「おや、忘れ物かい?」
「あのね、おばさん……」
イヴは、にっこりと笑った表情は変えないまま、声のトーンだけを落として続けた。
「本物のおばさんには、首元にホクロがあるんだよ?」
「へぇ、そうなのかい」
おばさんは言った。今知ったかのように、別人の声で。
「化けるならもっと上手く化けなよ。エルフの類だろ?」
「帰り際に言うなんて、随分意地が悪いんじゃな」
「そうじゃないとやっていけないんだよ」
にしし、と笑ってみせて、イヴはティフに乗り込んだ。
イヴには、エルフ側に情報が回ったことへの不安はあまりなかった。というのも、人間はエルフを化け物だと近付かないからだった。
「……年寄りをあんまり見くびるんじゃあ、ないぞ」
ボソっとイヴを睨みながら、おばさんの形をした誰かが言った。
いつもおばさんがしているポシェットの中には、怪しく輝く銅剣が息を潜めている。
「またね!」
イヴが狙ったようにそういうと、竜は緑色の翼を大きく広げた。
すっかりイヴが見えなくなってしまうと、おばさんは森の方へ駆けて行った。
「またね、か。なかなか勘が効くやつじゃないか」
いつの間に戻ったのか、エルフはすっかりおばさんではなくなっていて、服さえも違うものになっていた。
「さて、本物が街から帰ってこないうちにズラかるとするか」
そう、本物のおばさんは街へ売り出しに行っていたのだった。
「次は誰に化けようかねぇ」
いつぞやか『ユンカ』と呼ばれたエルフは、楽しそうに笑みを浮かべていた。
「皇女様は暗殺者と逃避行……。おっと、歳を取るとどうにも独り言が多くなっていけない」
ユンカがボソボソと何かを呟くと、ユンカの姿はすっかり見えなくなって、そのかわりに黒い靄が辺りを包んだ。




