短剣の値段と旅支度
「そいで、何を買う?」
タイムオーバーだとでも言うように、ミーナおばさんが両手をあげる。
「正直に言えば、憲兵はどこまで掴んでるかが知りたい」
「そりゃ難しい話だ。憲兵は国の猟犬だからね、そう易々と漏らすもんか」
「だよな……」
そんなことはイヴにだって分かっていた。
それでもそれなりに、相手の居場所を掴む必要はある。
「すでにエル・グランデ側にも張ってるとは思うよ」
少しして、おばさんがポツンと言った。
「冗談だろ?」
「いいや? この間旅支度一式をここで揃えた男が二人いたからな」
「それが憲兵とは限らないんじゃねぇの」
「隠してたって分かるさ、何年この仕事やってると思うんだ。靴紐の結び方が軍隊の方法だったよ」
イヴはぐっと息をのんだ。
エル・グランデにまで回ってしまったのなら、そう簡単に逃げることは出来ない。とりあえずベル・スフィアスを抜けたら安全というわけにもいかないからだ。
「というか、二人なのか? あっちを張るにはもっと人数がいるだろ」
「人手不足じゃないのかい。そんな細かいことは知らないよ」
(……それか、二人で十分なほど優秀か)
ミーナおばさんもイヴも、同じようにそう思った。
イヴが元暗殺者だったことはきっとバレていない。あの飛行魚に乗った憲兵が、なにかしらイヴの癖を見つけていない限りは。
「主人のところはなにかある?」
「この間、お前が体調崩したからって代理が情報を買いに来たけどね」
「今後はそいつが買い役だろうな」
やっぱり内密に探す予定らしい。
見つかったらあの世確定だろうな、とイヴは苦笑いした。
「そんなもんでいいかい?」
「情報の方はね。装飾短剣を売りたいんだけど、それはおばさんじゃない方がいい?」
「ああ、ジジイを連れてくるから待ってな」
一瞬、顔をくしゃっとしかめて、ジジイと吐き捨てるおばさんに、イヴは微笑んだ。
ジジイとはすなわちおばさんの旦那さんなのだが、どうにも好きな人には意地悪をするタイプらしい。
「そんなこと言いつつ、ラブラブだよなー」
「ジジイ! イヴが短剣を売りたいそうだが、安く買ってやりな!」
「嘘、嘘だってば! 高く買ってよ!」
呼ばれて小走りでやってくるおじさんとおばさんが、ニヤニヤと笑っている。
「共犯かよ……!」
そういえばこんなやり取りを毎回やっている気がして、イヴはこっそり舌を出した。
「ほれ、なにぼんやりしてるんだい? 短剣とやらを出しなさいな」
「ん、これなんだけど」
きらびやかに装飾された短剣。
いつものように逆手で持つと、どうにもゴツゴツした柄に突っかかりを感じる。
「お前さん、装飾短剣は戦闘用に向いてないから、逆手で持ったって仕方ないだろう」
「だから売るんだよ。俺は最低限の装飾と、切りやすさがあればそれでいいの」
ほいっと半ば雑に短剣を渡すと、受け取ったおじさんが驚いた顔をした。
「……これ金属じゃねぇな。石、しかもかなりいいやつ使ってる」
まじまじと短剣を見ると、ちらっとイヴの方を見る。
「お前さん、こんなのどこからくすねてきたんだい?」
「パクってないよ! ちゃんと正規のルートでもらったの!」
正規かどうかは分からないが、持ち主の許可は得ている。
昔からパクっては売ってを繰り返してはいたから、疑われても文句は言えない。
「それ、二本あるんだよね」
「ひとつ金貨十枚、見ようによっちゃ、十五枚だ」
「んじゃあ、金貨三十枚?」
そんなものだろうと踏んでいたから、イヴは大して驚かなかった。
おじさんは目を丸くしている。
「金貨三十枚なんて、ウチにあるかどうかだぞ」
「別にいいよ、質に入れておいて。金貨十枚くれればいい」
「金貨十枚もなにに使うんだ」
そう言いつつ、おじさんは金庫からお金を数えている。
無防備に背中を晒すものだから、イヴは困った顔をした。
「どうするの。今俺が襲ったら、おじさんは死ぬし、金は俺のもんだよ」
「その警告がある時点で安心していられるな」
くすくすっと二人で笑い合わせる。
隣の部屋でおばさんの明るい声と、少女の笑う声が聞こえる。
「お前さんの連れ、元気になったみたいだぞ」
「うん、よかった。色々揃えたいものもあるから、また後で声をかける」
「なに揃えるんだ」
金貨十枚は揃えてくれたらしい。
引き換えに短剣を金庫にいれて、おじさんは手をすり合わせた。
「山越えをしたくて」
「あのでっかい竜を連れて、か?」
「そのつもり」
無茶なことは分かっている。
ティフを連れてじゃ、食料だって馬鹿にはならない。
「装備の見直しからだな」
久々の大仕事だと言うように、おじさんは腰を叩いた。




