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洗濯の話

 「石鹸はないの?」


川に洗濯物を浸して、バシャバシャやってるイヴにエナルが聞いた。

宮にいるとき、手を洗うみたいに布も石鹸で洗うと女中が言っていたのを思い出した。


「石鹸って高価なんだぞー? 匂いはないけど、木を燃やした灰で汚れは落ちるから、それを代用します」


イヴは得意げな顔で腰に下げた皮袋を広げて、中身を洗濯物にかける。

白っぽかった粉は、水に濡れるとみるみる黒くなった。


「草木灰って言います。試験に出るので覚えておきましょう」


「そうもくばい! 分かった!」


イヴとカナルはニカッと顔を合わせた。


「じゃあ二人も自分の分の洗濯しちゃいな」


「うん」


皇女たちもイヴにならって、じゃぶじゃぶやり出した。

しかしすぐに手を引っ込めて、顔をしかめる。


「どうした?」


「痛い」


そう言って手を軽く振る。

手のひらにはところどころ、赤黒く固まった血が付いていた。


「昨日、クルミを潰したときの傷が染みるの」


「そのうち慣れて平気になるから」


痛み関連になるとイヴの対応は随分と雑だ。どうしようもないことも分かってはいるのだが、痛いものは痛い。

カナルはむうっとふくれて、洗濯を再開した。


「そういえば」


イヴは皇女二人の洗濯物を眺めて言った。


「二人とも普段どんな服着てたの?」


「普段? 誰に見せるわけでもないのにコルセットでがちがちのドレス着てたよ。せっかく最高級だかのシルクなのに気分悪くて仕方なかったな」


カナルが憎々しげに顔をしかめる。

エナルはくすっと笑って、反論した。


「私は好きだったわよ、あのドレス。確かにコルセットは窮屈だけど、しゃんとするから」


「コルセットは分からないけど、俺は毎日正装は耐えられない気がするな」


「慣れじゃない?」


そう、物心つく前からずっとドレスで日常を過ごしていた。だから疑問も持たなかったし、そういうものだと諦めていた。


「だからか、こんな服だと気が抜けるよね」


一旦洗濯の手を止めて、カナルがくるんとターンする。綿で出来たワンピースの裾がひるがえった。


「ちょっとごわごわするけどね」


イヴは微笑んだ。

彼女らはもっといい服を着ていたようだが、綿もそれなりにいいものだ。普通は麻なんだぞ、という呟きを飲み込む。


「洗濯しても、また次にいつ出来るかわからないから、あんまり毎日服を変えるのはダメだよ」


「え」


「下着は変えないと流石に不潔だけど、あとは大丈夫だから。最悪寝巻き一枚と昼間用が二枚あれば回せる」


家があって、旅をしないでそこに住んでるのだったら話は別だが、宿を使わない旅をしているときはそれも基本だった。

下着さえ変えていれば、よっぽどのことがない限り平気なことはイヴ自身がよく分かっていた。


「……なんか、宮にいたときと違いすぎてびっくりするよね」


ぱしゃぱしゃと水面をはじきながら、カナルがほうっと息を吐いた。


「きっとイヴみたいな人たちが急に皇女になったら、それはそれで居心地が悪いんだわ」


エナルがそう答える。

イヴもその通りだと笑った。


「そろそろ綺麗になったし、洗濯物を干そうか。そしたら水樽に川の水を入れ替えて」


「いいじゃない、昨日水を入れたばっかりよ?」


「次いつ水を汲めるかわからないんだってば。一日でも、古いよりは新しい方がいいでしょ?」


 洗濯物を干して、それから水を取り替える。

樽に半分水を入れて、それを二回すれば樽一個分。いくらなんでも満杯の状態は重すぎる樽も、そうやって運べば意外と平気だった。


「なんか昨日が長く感じたから、今日は短いね」


明日は空の旅再開だ。

備えて、早く眠りについた。

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