怒涛の一日
「なるほど、ね」
イヴは納得したようにこくんと頷いた。
能力のこと、血筋のこと。宮の制度のこと、それから双子のこと。
「父様は優しい方だから、きっと形式上だけで私たちを嫌悪してるんだよ」
「でも同時にとても厳しい方だから、殺すなら本気で来るわ」
実の父に殺されるかもしれないのに二人の態度は飄々としたものだった。
暗がりの中で、そっくりの声で、イヴは少し混乱しながら相槌を打った。
「例えば」
イヴは考える素ぶりをしつつ、言った。
「今、王と戦うとなれば、俺と二人対王で勝てる?」
「場合にもよるけど、きっと無理ね」
間髪入れず、エナルが答える。
「父様も父様で能力を持ってらっしゃるもの。しかも私とカナルの二人分の能力を、父様はひとりで使える。能力の強さ的には積み重ねが多い父様が勝つと思うし」
「でも父様は動物も植物も、風さえ一人で操るわけだから、必然に出来るスキを狙えば分からないよ」
「シビアだね」
炎の灯りだけでは、向かいに座る皇女たちの表情がイヴには伺えなかった。だけどどこか堪えるようで、胸が苦しくなる。
あおーん。
どこか遠くで、そんな声がした。
「オオカミかしら」
エナルがぽつりと呟くように言うと、また遠くで声がする。
あおーん。
きゃおーん。
会話を交わすように遠くで叫ぶ声は、寂しそうに感じた。
「もうそろそろテントを張ろうか」
洞窟の小さな入り口から外を覗いていたイヴは、ぶるっと震えるとそう言った。中は火のお陰か、それなりに暖かかったけれど、外はまだ冷える。
毛布を引っ張り出してきて、それをかけようか。
「カナル、悪いんだけど、ティフの背中からテントを二つ出してくれない?」
「二つ?」
「三つの方が良かった?」
不思議そうに訊ねるカナルに、イヴは返した。
双子は一緒でいいかと思ったのだが、そうでもないのか。
「そんなに小さいテントなの?」
「普通の、四人用だよ」
「ならひとつでよくない?」
「よくない!」
(そっちか……)
思わずイヴの口からため息が漏れた。
薄々気付いてはいたが、この子たちはどうにも警戒心が薄すぎる。特にカナルは要注意だが、エナルもしっかりしているようでふわふわしている。
「寝首かかれるかもしれないだろ!」
たしなめるように叱ったイヴだけれど、カナルはまだ不思議そうだ。
「私たち、そんなことしないわよ」
「俺じゃなくて! しっかりしろよ、皇女様……!」
うーん。まだ若干文句がありそうだったけれど、渋々二つのテントをカナルに持って来させた。
「ティフは船をくくりつけたままなの?」
「竜はうつ伏せで寝るから。そんな頻繁に外すのも大変だし、ちょっと我慢してもらってる」
「ふーん……」
ぽんっとエナルが手を叩いた。
「なら植物に持ち上げさせれば……!」
「ツタ切れたら困るだろ」
イヴがすかさず一蹴する。
エナルはぷうっと口を膨らませた。
「はいはい、寝るよ?」
「まだお話してたい!」
「もう俺眠いんだけど……」
いそいそとテントに引っ込もうとするイヴに、口を尖らせるカナル。
カナルはエナルを引っ張って、イヴのテントに乗り込んでいった。
「ええ……。じゃあほら、ひとつだけ質問に答えてあげるから、それで満足して?」
ひとつ、ひとつ。カナルはそう口の中で転がしていた。
(貴重な本日最後の質問なんだから、とびっきりのを!)
「イヴの年が聞きたいわ!」
口を挟んだのはエナルだった。
必死に質問を考えていたカナルは、少し残念そうにイヴを見る。
「俺の年? 今年で17とか18だったんじゃない?」
「なんでそんな適当なのよ?」
「裏路地に捨てられてたから本当の年なんて分かんないんだよ」
なんともなしに言い切るイヴ。
エナルは少し言葉に詰まった。
「あ、ごめん。別にそれでどうとかじゃないから気にしないで」
そう、本当に気にしていないのだ。
エル・グランデの外れに行けば、そんな孤児ゴロゴロいる。暗殺者でもなんでも、拾ってもらって、生き延びれたことは奇跡だ。
「じゃあ、イヴの方が三つか四つお兄ちゃんね!」
「おやすみ。おにーちゃん!」
満足したのか、さっさと退散していく双子に、イヴは思わず微笑んだ。
(怒涛の一日だったな……)
コトンと、眠りについた。




