夕食と宮の話
「さて、と。お腹減った?」
「減った!」
「じゃあご飯にしようか」
洞窟の中にテントを張って、洞窟の周りに獣除けを置いて、それでやっとご飯にしようという話になった。
宮では毎日時間が決まっていて、もう用意されたご飯を食べるのが当然だったから、皇女二人は落ち着かなくてもぞもぞした。
「カナル、船室に燻製肉があるからそれ取ってきて。エナルは外から枯れた草を持って来て」
イヴは小さな松明をエナルに渡して言った。
二人は大人しくそれに従う。
「俺は俺で食べられるものないか見てくるね」
短剣と縄一本を引っつかんで走っていくイヴ。
そんなに本気で走っているように見えないのに、馬より速くて、あっという間に見えなくなってしまった。
「もう松明の火を移していいかしら?」
枯れ草を集めたエナルは、カナルに聞いた。
「いいと思うよ」
無事に燻製肉を見つけたカナルが頷く。
ティフは疲れたのか、ふわりと欠伸をすると伏せてしまった。
「やっぱり火があると違うね」
「イヴ、早いよ」
肩で息をしながら帰ってきたイヴに、カナルは苦笑いした。
「流石俺でしょ?」
「何を作るの?」
さらりとスルーされてしまったイヴは不満気に口を膨らませた。
それを見てエナルがニマニマと笑っている。
「鍋にしようと思ったんだけど、エナルの分だけちょっと減らすね」
「流石よ、流石イヴだから減らさないでよ!」
今度はイヴがニヤニヤと笑ってみせた。
カナルはうとうとするティフの尻尾に登ってみたり、鼻先をつついたり、ちょっかいをかけている。
「鍋で水を煮て、沸騰したら燻製肉を入れる。お湯で戻して、それからほかの具材を入れて、味付けて終わり!」
樽から水を汲みつつ、イヴが言った。
「そろそろ?」
グラグラ鍋が煮えてきて、ふんわりといい香りが漂う。
もうすっかり三人の腹は空っぽだった。
「よっしゃ、もういいよ!」
イヴが叫ぶと、ティフが鍋に顔を寄せて匂いを嗅ぐ。
「ティフは頭上に木の葉があるでしょ」
にっこりとティフにそういうイヴ。
少し考え込んで、それからティフは頭を上に持っていった。
「竜の食べ物は木の葉なの?」
カナルが問う。
「なんでも食べるよ。それこそ人間だって食べるだろうけど、基本は草食」
「確かに、ちょっと歯が鋭い……かも」
ぐうう、と誰からともなく腹の虫の大合唱になる。
三人は慌てたように拳を掲げた。
「いただきます!」
声をそろえた少年少女と合わせるように、竜がひと声、きゅうと鳴いた。
「これから、どうする?」
柔らかくなった燻製肉をかじりつつ、イヴが声をあげた。
「世界の果てに行きたい!」
「それは最終目的地でしょ。これから色んな所を経て、そこに行くわけで」
「イヴはなにかないの?」
エナルの問いに、イヴは考えた。
それから少しためらいがちに答える。
「大瀑布の方に行くなら、東の方であって、エル・グランデの上空を飛ぶよね? いくつかあっちで寄りたい所はあるかも」
「ならそこを経由していきましょう」
「ただどこも治安が悪いから、きっと二人とも驚くよ」
イヴは困ったように微笑む。
「外交の勉強ね!」
「皇女に戻れるかも分からないけどね」
なんだか全員が困ったような顔になってしまったので、イヴはひとつ、手を叩いた。
「ま、先は明るく見ようよ! 二人はなにかある?」
「ちょくちょく母様に文を送りたいわ」
指をひとつ立て、大事なことを言い含めるようにエナルが言う。
イヴは不思議に思った。
「宮に送ったら居場所が王にバレるよ?」
「宮には送らないわ。父様は宮にいらすけど、母様は母様のご実家にいらっしゃるから、そっちに送るの」
「……別居?」
「宮の規則で女人は住んではならないの!」
イヴがわざわざ不穏に言い換えるから、エナルは少し大きな声を出した。
「じゃあ二人も宮には住んでなかったの?」
「皇女ノ宮っていう、名前の通り皇女が住む宮に住んでたわ。いちばん中心の宮とはまた別の宮」
「夜は長いし、その辺をよく聞きたいな?」
イヴはゆっくりと、そう言った。
まだまだ月は輝き出したばかりだ。




