疑惑のエルフ
「……それで、この中に蜂蜜をスプーン一杯入れて」
粉にしたクルミに水を混ぜてこねて、蜂蜜を入れて、乾燥した果実を入れて、またこねて。
「あとちょっと乾燥させたら完成!」
出来上がったお菓子はクランチのような、棒状のものだった。
「味見していい?」
「つまみ食い好きだねー。いいよ」
蜂蜜やらクルミやら材料が出るたびにつまみ食いをするカナルにイヴは笑ってしまう。
それから、
「エナルも味見してみたら?」
カナルを羨ましそうに見るエナルにも声をかけた。
「……いいの?」
「作った人の特権だよ。食べてみな」
「ん」
恐る恐る手を伸ばすエナルに、イヴは小さくため息をついた。
なにを我慢しているのか、エナルはお願いの類をするのが苦手らしい。
(カナルは大得意なのになぁ……)
まだ固まっていなくて、ほろほろと崩れてしまうお菓子からは、甘い匂いが漂ってくる。
「イヴはいいの?」
遠慮がちにイヴに聞くエナル。
イヴはにこっと笑ってみせた。
「俺はいいや。昔よく食べたから、なんかもう特別感もないというか」
「……そう」
「出来上がったらちょっと分けてね」
瓶の半分ほどに減った蜂蜜を貯蔵庫にしまう。
その刹那、飛んでいたティフの身体が大きく揺れた。
「うわっ!」
「ティフ、どうしたの!?」
カナルが大声でティフに呼びかける。
「なんですって?」
「……返事がない」
カナルは焦った。今までどんな動物に対して声をかけても、基本返ってこないことはなかった。
そればかりか、今のティフにはカナルの呼びかけすら届いていないような、そんな感じがする。
「なにか攻撃があった風でもないよね?」
イヴが言う。
今度はティフが急降下をし出した。
「え、ちょっと、どうしよう……!」
「とりあえずしゃがんで衝撃に耐えて!」
エナルもカナルもイヴの言う通りにしゃがみ込む。
そうこうしている間にも、ティフはぐんぐん下降していく。
「……止まった?」
地面すれすれでティフは下降するのをやめた。
代わりに鈴の音のような声が響いた。
「なんだ、人乗りなのか」
そっと声のする方を見やると、そこには幼い少女が立っていた。
「えっと……?」
「すまぬな、童。竜なぞ久しぶりに見たもので構いたくなってしまってな。年を取るとどうも寂しくて敵わない」
少女に似つかわしくない話し方をする。
「エルフの類ですか」
小柄な体に、尖った耳。
なによりも銀色に輝く髪が人間でないことを示していた。
「ああ、そうじゃ。ユンカという。唐突ですまんが、そなたらなにか食い物を持っておらぬか?」
「持ってま……」
「待って、カナル」
言いかけたカナルをエナルが止めた。それから、ユンカと名乗ったエルフをすっと見る。
「ただで食べ物をあげることは出来ません」
「お? なんじゃ、一丁前に交渉か」
「エルフはとても知識のある賢い種族だと聞きます。世界の果てまで行くにはどうすればいいのかが知りたいのです」
ぱちくりとユンカは驚いた顔をした。それから楽しそうにコロコロと笑った。
「そうか! そなたらは世界の果てにまで行きたいのか! いいぞ、伊達に長生きしとらんからな、わしの知ってることならなんでも答えてやろう」
随分と気前のいいエルフらしい。
気難しいのかと心配していたエナルは、内心ホッと胸をなでおろした。
「やっぱり大瀑布の向こう側が世界の果て?」
カナルが口を挟む。
「そうとも限らんだろう。地平線の果てかもしれんし、それこそ大瀑布の果てかもしれんな」
「大瀑布ってどこにあるの?」
「さあな。誰も見たことはないんだよ」
「ふーん」
それっきりカナルはその話題に飽きてしまったのか、ティフの元に駆け寄っていって、なにやら楽しそうにじゃれあっていた。
「……世界の果てに全ての願いが叶う場所があるだろう」
ぽつりとユンカが呟いた。
それを聞いて、ハッとエナルが顔を上げる。
「知ってるんですか!」
「やっぱりこの伝承か。人間界では知らんが、エルフの方では割と有名だよ」
「その伝承の世界の果てに行きたいんです」
そうかとひとつ頷いて、しばらくユンカは考え込んでいた。それから、
「そなたらがそこと思う場所が世界の果てだろう」
そんな謎かけみたいなことを言う。
なんだかこれ以上はやめとけと言われているようで、エナルはそこで質問をやめた。
「蜂蜜とかクルミとか、お好きですか?」
「どっちも好物だよ」
「じゃあ、良かったら。色々教えて下さって、ありがとうございました」
蜂蜜とクルミを分けると、ティフに乗り込む。
ティフはすぐに上昇を始めた。
「こっちこそ皇女様の竜にちょっかいかけてすまんかったね」
ユンカがそう声をかけてくれた。
「あれ? 私たち、皇女だなんて言ったっけ?」
エルフの腰元で、どこか見たことのあるような銅剣が、鈍く光った。




