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奇襲者

 「重っ!」


思わず声が出てしまうほど、水がひたひたに入った樽は重かった。

川から引きずり出すのが精一杯で、とてもティフがいる場所まで運べそうにもないな、とエナルは思った。


「イヴ、助けてくれるかな?」


「また裏ワザ教えてくれるかもしれないから、声かけてくるね」


カナルはそういうと、たたっとかけて行ってしまった。

手持ち無沙汰になって、エナルはしゃがみ込む。


「疲れた……」


まだイヴと出会って半日なのに、この疲労感だ。怒涛の一日だな、とエナルは苦笑いする。


「うわっ」


突然、目の前でなにかが光って、エナルは思わず手を挙げた。

近くにあったツタがすーっと伸びてきて、その光ったなにかを止めてくれた。


「なに……?」


エナルが恐る恐る目を開けると、そこには血走った眼をした少年が立っていた。

その手には使い込まれた銅剣が握られている。


「誰だ、お前」


「ひ、人に名を聞く前に自らが名乗れ……!」


少年の気迫に怯みながらも、エナルは答える。

少年はフンと鼻を鳴らす。


「盗賊に教えてやる名前なんざねぇよ」


「盗賊じゃないわよ!」


エナルは叫んだ。突然やってきて、剣を向けた上に盗賊扱いするなんて、随分と失礼なヤツだ。


「盗賊は自分のこと盗賊だなんて言わないもんな」


「だから盗賊じゃないって」


エナルはむうっと口を膨らました。


「俺はこの辺の木を切って生きてるんだよ。お前ら、どうせ木を盗みにきたんだろ?」


「エナル……って、どうしたの!?」


遠くでイヴの声が聞こえた。どうやらカナルが連れてきたようだった。


「なんか、変な子に捕まっちゃって」


自分でもよく分からないとエナルは首を傾げる。


「とりあえず、その子ほどいてやりなよ」


カナルが少年を指差した。

銅剣を握った少年は変わらず血走った眼で、エナルを睨みつけている。その腕はツタでぐるぐる巻きにされていた。


「あ、忘れてた」


エナルが腕をあげると、ツタは元あった場所に戻っていった。


「なんなんだよ、お前らっ!」


自由の身になると同時に少年は今度はイヴに斬りかかった。

イヴがさっと動いた。キンっと金属音が鳴って、少年の剣が弾き飛ばされる。


「そんな大振りじゃ、当たるものも当たらないよ?」


ニコニコして言うイヴの瞳は笑っていなかった。

イヴはこちら側のはずなのに、エナルはぞくんと寒気を感じて身体を抱き込んだ。


「で、なんでそんな敵意丸出しなの?」


ずいっとイヴが少年に顔を近づける。

少年は怖気付いたかのように、一歩下がった。


「盗賊から木を守るのは当然のことだろ……」


「木こりなんだ?」


こくんと頷く少年。


「でもごめんね、俺ら盗賊じゃないんだよな。何者かと聞かれてもみんな特殊過ぎて困るけども」


「ならなんの用でこの森に来たんだよ!」


「食料調達……? クルミとか分けてもらったけど、もしかしてアレもダメ?」


「……森の恵みはみんなの物だ」


ふいっとイヴから目をそらす少年。

イヴは微笑んだ。


「その銅剣、かっこいいね!」


雰囲気をぶち壊すような、明るい声が響く。

にまにまっと笑うカナルだった。


「そうだろ! 父ちゃんが十の誕生日にくれてから、何年もずっと使ってんだよ! すごい切れるし、装飾もかっこよくて気に入ってるんだ!」


さっきまでの様子からは考えられないほど、楽しそうに話す少年に、エナルは驚いた。


「俺、剣士になりたくて、ずーっと鍛錬してたんだけど、やっぱり木こりの息子じゃな……」


また少年はしょんぼりとし出した。

ころころ表情の変わる人だ。


「なれると思うけど」


ポツンと呟いたのはエナルだった。

少年はまだエナルに敵意を持っているのか、キッとエナルを睨む。


「ウチの兵とか剣士は、平民の出が多いわよ。騎士だと御家と半分くらいにはなるけど、それでも平民も多いわ」


「……んなわけあるか」


信じられないというように、少年はため息をつく。

カナルは首を傾げた。


「本当だよー? 商家の人とかも多かったし」


「お前らになんでそんなことが分かるんだよ」


エナルとカナルは顔を見合わせる。そしてちらっとイヴを見た。


「え、なに、二人がいいならバラしていいよ」


「……追手が付くと困る」


「もう出るし、行き先言わなきゃ大丈夫だって」


エナルはまだ少し迷っていたが、カナルは口を開いた。


「それはね、私たちが皇女様だから!!」


「面白い冗談だとは思うぞ」


少年の言葉に、エナルは黙ってスッと手を挙げた。

今度は木の枝が降りてきて、少年を持ち上げた。


「えっ? え!?」


わけが分からないという顔の少年に、エナルは少し意地悪く笑った。


「皇家の人間は能力が使えるのよ?」


まだ混乱しているような少年に、カナルが追い打ちをかける。

スッと手を挙げるとリスが駆けてきて、少年の頭の上に乗った。


「ほら!」


「本当なんだ……」


それが能力の噂に対してか、皇女の事実に対してかは分からなかった。

少年はにこにこと笑っていたし、エナルたちはそれでいい気がして、それ以上なにも言わなかった。


「ま、頑張ってね」


イヴがいたずらっ子のように笑って言った。


「あの! 誰かに追われてるんですか……?」


自分のことでもないのに、不安そうな少年の声音にカナルは微笑んだ。


「大丈夫だよー?」


「訪ねて来たら、誰も来てないって言った方がいいですか」


「正直に来たって言ってね」


すかさずエナルが答える。

嘘をつけば反逆の罪になる。出来るだけ関係のない人を巻き込みたくなかった。


「じゃあ、行こっか?」


「あと、これ、持ってって下さい」


少年が差し出すのはトロリとした金色の蜜だった。


「蜂蜜なんていいの?」


「皇女様に会えるなんて、これ以上の光栄ありませんから」


公衆の面前に出ずとも、この国の皇家は随分慕われているのだな、とイヴは思った。


「その皇女様に剣を向けたけどね」


カナルがいたってからかうように言った。

それでも少し縮こまってしまった少年にエナルが笑う。


「剣士のことは分からないけれど、そうやって剣を向けられる勇気は、きっといつか役に立つわ」


少年は申し訳なさそうな、照れたような、そんな笑みを浮かべた。

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