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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

余所者の俺と避けられるあの部屋

作者: 雨海

中学生になってすぐの夏。俺は「街」から引っ越してきた。

ここは見渡す限り田んぼの「ド田舎」だ。

コンビニは歩いて行ける距離にないし自販機も歩いて30分はかかりそうなほど遠くにある。

いいところをあげるとするなら、長閑で開放的なところだけだ。

こんなところに一生住むなんてそんなの絶対に嫌なのに何故か両親は一軒家を買った。

俺は自立できる歳になるまでここから逃れられないんだなぁ…。


引っ越してきて二週間後、通うべき中学に転校した。

特に捻りのない挨拶を済ましたが、夏休み中という中途半端な時期に引っ越してきたがために、この「ド田舎」の狭い狭い世間では「都会から引っ越してきた余所者」の噂はすでに広がっていた。

さっきも言ったがここへ引っ越してきてまだたった二週間だ。


学校でも地域でも、俺は孤立した。


生憎俺は漫画に出てくるような転校生みたいななんでもできるイケメンじゃない。その逆だ。勉強も運動も嫌いだし顔もイケメンじゃない。世で言う「陰キャ」ってやつだ。

そんな冴えないやつに興味を持つこと自体がおかしな事だ。


いつも窓の外の果てしなく続く田んぼを眺めながら「こんなところいつか絶対に出ていってやる」と心の中で連呼する。そんな学校生活を半年間送った。


そう、ここに来てから半年、俺はこの学校に通う理由が出来た。


その日は親と担任で面談があるため少し学校に残らなければならなかった。


誰も学校案内してくれなかったことを思い出し、腹立たせながらも暇潰しと称し校舎を歩く。3階建ての校舎。

あまり来たことのない2階に着き廊下を見渡す。物音一つしないが、奇妙なほどに日の光が射し込んでいるのがすぐにわかった。


今は2月。冬の「田舎」は「街」より日が短い(気がする)。

授業が終わり3時半過ぎ。他の生徒は部活をしている時間だ。このくらいになると日が刻々と暮れて行、薄暗くなるため外で活動していた部活も校舎内に戻ってくる。

いつもはそうなのだが、今週はテストの1週前のため部活禁止で殆どの生徒が帰宅していた。


この退屈な散歩をスタートさせ物音一つしない理由と日が射し込んでいる理由を推理しながらスタートとは反対側の壁を目指しゆっくりと歩く。


もう少しでゴールするというとき、ある違和感に気がつく。

1つだけ木製の豪華な扉があった。

他の部屋は白い引き戸でその違和感は明らかなものだった。

回れ右をして廊下を今度は目を凝らし見渡す。すると、たしかに茶色いものが壁に付いているように見えた。

俺は走ってそこへ向かう。音のしない、日が射し込む奇妙な階に違和感しかない扉。俺はここに来て初めてワクワクした。

その茶色に近づくにつれ自分の目がどんどん見開いて行くのを感じる。

一度素通りしたのが不思議だ。

それは彫刻が施され豪華としか言い表せられない観音開きの大きな扉だった。


そして俺はそれを衝動的に開けた。


一瞬写真を見ているのかと思った。ここは美しい図書室だ。


冴えない俺だがこんなやつにも趣味がある。

たった一つ、読書という趣味だ。つまらない推理ごっこをし始めたのはたまたま読んでいたのが推理小説だったから影響されていたのだろう。


扉は勝手に閉じ、俺はそこに立ち尽くし周りを見回す。


正面の壁には大きな窓があり、照明と暖房として機能する温かい光が射し込んでいる。

部屋の中心には長机がいくつかある。

その両側には窓からの光が奥まで入るように設計されたのか、斜めに本棚が並んでいた。

部屋に隙間を作らせまいと窓の下や受付の後ろが棚になっていて本が詰まっている。


俺は部屋を眺めながらゆっくり歩く。

何故か日が射し込み、その日は痛みを感じるほど強いのに本棚と本棚の間は薄暗く、少し寒さを感じた。

そして少し埃っぽかった。


暗さと明るさのあるこの図書室に俺は心奪われた。


机に座り眺めるように見回す。

孤立してからずっと絶望していた俺はこの奇跡のような図書室に救われた気がして少し泣きそうになった。


すると突然のチャイム。音のしない空間なのに突然チャイムが鳴るのは心臓に悪い。

胸をなでおろし落ち着かせながら時計を探すがここには時計がなかった。

わざわざ廊下へ時間を見に行くともう面談が終了する時間だった。


親の元へ急ぐ。

もうこの頃には初めのつまらない推理をしていたこともその内容も忘れていた。


それから毎日、朝早く登校して下校時間ギリギリまで学校にいる生活をした。

「隙あらば」というより「隙を作って」図書室にこもって読書していた。


この図書室で本を読む時が一番幸福だと思えた。


暫くここへ通っていると気になることが出てきた。

ここには俺以外誰もここへ来ない。来た形跡がない。受付があるのに司書もいないのだ。

この学校にはもう一つ、第二図書室という図書室があって、生徒も先生も授業でもそこを使う。しかしそれは、本の量も少なく、それよりなにより、ただの普通の図書室なのだ。

田舎者は美しいものより普通のものを好むのか、然程読書に興味がないのか。


図書室へ近寄らない本当の理由を知りたかったが生憎ここでは俺は空気だからきっと誰も何も教えてくれないことは目に見えてわかっていたから何も聞かずにいた。


ある日の放課後、いつものように図書室で読書をしていた。

最近読み始めたのはホラー小説で、この雰囲気ある図書室で読むのがなんともゾクゾクしてその感覚が少し楽しい。


「ガタガタッ」

それは突然、なんの予告もなしに聞こえてきた。

本棚と本棚の間、しかも奥の方で木製の椅子が倒れたような音。

俺は猫のように跳ねて驚いた。

ホラー小説を読んでいるときにそれはないだろ。

今聞こえた音よりうるさく鳴る心臓の音が響いて体中が痛い。


胸を撫で、しっかり深く呼吸しながら、恐る恐る音のなった方を見に行く。


本棚と本棚の間、奥には脚立型の踏み台がある。

いつものように薄暗い。恐怖でいつもより壁までが長く深く感じる。


目を凝らしてみるもそこには何もなく、その安堵から「ふぅ…」と漫画のような声が出た。


そこから目を逸らし俺が元々いた場所へと戻ろうとしたときソレは見えてしまった。


脚立型の踏み台の上段に薄い布が引っかかって揺れ動くような白い霧。


怖くて怖くて俺は荷物を無造作に持ち図書室を飛び出し、その日はそのまま帰った。

いつもより2時間も早い下校だった。


次の日、図書室へは行かず教室で読書しようと思ったのだが、動物園の猿のほうがよっぽど静かだと思うほど同級生が騒いでて読書なんかできたもんじゃなかった。


こうして俺は少し怯えながらもうるささより怖さを取って図書室へ逃げた。


何が起こっても対応するくらいの心の準備はしていたのに、今日は何も起こらず。

またその次の日も、次の日も何も起こらなかった。


またいつもの美しくて静かな図書室での読書生活が戻ってきた。


日を追うごとに俺はあの日の現象を都合よく解釈するようになる。

「天使のように美しい女の幽霊で、その霊はこの図書室の守り神的な存在でいつもここに来る俺を守ってくれているんだ」と。


その時ちょうどファンタジー小説を読んでいたせいが大きい。

この都合のいい解釈をしながら約1年半、読書生活を謳歌していた。


そして4月。俺は中3になった。今年度卒業する。

相変わらず、余所者扱いと空気扱いはされているがこの図書室のお陰で少し明るい気持ちで日常を送ることができている。

俺はここの女神様と図書室への感謝の気持ちを伝えるべく毎日少しずつ掃除しながら使うことにした。


今日も掃除をしていると扉が開く音がした。誰かが扉を開ける音は初めて聞く音だ。

そして「誰かいらっしゃいますか」とか細い声が聞こえた。

俺は、女神様か…?と思いながら扉の方を見る。

すると、優しそうな老婆が立っていた。

ここを使い始めてから初めての訪問者だ。

そしてその老婆は俺を見てからにこやかに部屋中を見回し「使ってくれる人がいてよかったわねぇ…」と呟いた。

そして俺は「おばあさん!もしかしてここの女神様が見えるんですか!?!?」と聞いてしまった。

そしてすぐに恥ずかしくなった。女神様は俺の自己解釈から出来た架空も架空な存在なことを自分が忘れていたのだ。

恥ずかしくなってすぐに言い直そうと言葉を探していると老婆は「あなたみたいな人だからここを使ってくれたのね」と俺に笑いかけた。

そして続けて「ここは私の亡くなった孫の遺体が見つかった場所なのよ。全く面識のない若者に当時高校生の孫が殺されたの。隣町から転校してきたばっかりだったのに…。ここは元々倉庫みたいに使っていて傷をつけられてからしばらくそこに拘束されていたみたい。」と説明した。


俺は何も言えなかった。

でもこれは恐怖や衝撃ではなく、そんな悲劇がここで起きているのに、その事実を隠して避けていることに関しての怒りの気持ちで言葉が出なかった。


「その事件があって、この場所に近寄れないから第二図書室を作ったということですか…」

「そうみたいね…」


俺はやっぱりこの田舎が嫌いになった。

思えばいつもそうで、大事なことは余所者に教えずにいつもコソコソと文句を言う。

そんなやつばかりだった。


「でも今は貴方が使ってくれているのよね。孫も楽しそうに喜んでいるみたいだわ!」


「え?」


「だって、ここに出る孫の霊を女神様って言っていたのでしょう?孫は男なのよ?ほら!見て!女神様と言うあなたをおかしそうに笑っているわ!」


俺は恥ずかしくなった。

でも、あたかもそこにお孫さんの幽霊がいて一緒に揶揄うように話すおばあさんがあまりにも楽しそうで言い返すことが出来なかった。


「でも、ここも随分変わったわぁ。はじめは窓の近くしか明かりが入らなくて、もっと暗かったのよ。今はこんなに明るい!棚と棚の間の奥まで日の光が差して、温かいわぁ。きっと貴方が来てくれて孫も嬉しいんだわ!掃除もしてくれて!ありがとう!」


俺は見慣れた、使い慣れたこの図書室をゆっくりと歩いた。

本当にどこもかしこも明るくてどこに居ても温かい。

「あぁ、写真を見てるみたい」









この田舎に住んでから何年経つだろうか。

あのおばあさんが来た日「この図書室を無くしてはいけない」と強く思って、俺は今この古びた母校の図書室で図書室司書をしている。

あの頃は俺だけしか使ってなかったが今は何人かここを使いに来る。

ここに来る人はみんな「余所者」だ。


この土地に昔から住む人はよく俺たち「余所者」の噂をする。

この図書室を「余所者の溜り場」と呼びながら。


ここは【余所者司書の図書室】だ。

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