表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フォルセティアル・デバイス  作者: 雨宮ゲンドウ
9/9

冷たい風に

「…ッ、ふぅ。これで全部なのか?」


「あぁ、ありがとう。」


毎日こっそりと作り、皆が雑魚寝する部屋へと持ち込んでいた全員分の脱出用の装備。


二週間前、僕達は脱出計画を本格的に始動させた。広い施設内からぼろ布、ロープ、紙などありとあらゆるものをかき集め、全員分の装備――と言っても簡素なものだ――をAI共の目を盗んで作り始めた。


素材などは施設内の何処にでも()()されており、それを拾っていつも装備を作っている。剛の器用さも相まって、青年と子供だけでありながら、それなりの物を用意できた。


思ったより作るのに時間が掛かり、一週間以上も遅れてしまったが、これで脱出計画に必要なものは全て揃った。


「いよいよだな、ミュルス」


「あぁ、いよいよだ。」


僕が身が(よじ)れるような興奮に呑まれないように、必死で堪えて返答している最中、ふと剛の方を見ると四肢が小刻みに震えていた。それが普段の剛とはまるで違って見えて、抑えきれなくなった僕は剛と同じように震えてしまった。


「おいおい、震えてるぞ」


「うるさい。…それにこれは武者震いという奴だ。」


「へぇ~~…。」


ニヤニヤと笑みを浮かべている。ハッキリ言って異常なくらい腹が立つ。殴りたい。


「震えてる奴には言われたくないな。」


気付いていたのか言いたげな顔を見せてくる。実に分かりやすい、バレバレだ。


僕は言い放って剛に先行する。


(やっと、やっとこの異常空間から、やっと…)


「ちょっ…?!まてよ!」


勿論、小さなカメラの向こう側のせせら笑いには気付かずに。


~~~~~~~~~~~~


「…フゥ…。もう一度伝達する。」


全員が息を呑んだ。


「ロープ、地図、ここらでため込んだ水、食料、非常時の包帯代わりの布きれ。それらを持って、今日、この施設を脱出する。先行小隊が安全を確認後、一グループずつ進行。排気口を抜けた先の少し大きい小部屋にてロープを投下し素早く地下道を駆け抜け脱出。いいな。」


返事の代わりに大きく、かつゆっくりな頷きが帰ってくる。僕は皆の覚悟は決まっていることを確認する。


「地下道の情報は何も無い。何かあり次第、各グループで対処しろ。…いいか、一度だけだ。死ぬか生き残るか。失敗は許されない。」


「それでも…自由になりたいなら、抗え。以上だ。」


――先行小隊移動開始。

静かに放たれるその言葉はそのどれよりも重く、そして力強かった。


でも、僕は気付いていた。僕だけじゃないかもしれない。


ここまでで死者数は30を超え、元々いた人数の半分以下になっている。部屋どころか施設全体からもう錆臭さと腐敗臭が消えなくなり、そんな中で僕達は暮らしている。


…見たことはあるだろうか、年端もいかないうら若き少年少女が屍の上でキャッキャとはしゃいでいる姿を。


――僕は見た。

それを初めて見たとき、心底恐ろしかった。その屍もとい、赤黒いシミの上を平然と歩き回っていたから。しかもそれに誰も気付かない。そう、誰も。


僕は本当は犯人達を虐殺したかったのかも知れない。人を弄んでここまで豹変させてしまう奴等を。…でも、出来ない。僕には、力が無いから。


『早く出たい』


それだけしか残らなかった。皆みたいに成る前に。歪な環境に完全に適応してしまう前に…(villager)からヒト(murder)へと変わらない内に。


だから、笑って、嗤って…そうしてでも僕達は乗り越える。仲間の屍を、頭蓋骨を、血潮を、涙を、肉を。踏み潰して、噛み千切って、啜って。


生き残ることこそが、汚れていようとも希望を持つことこそが、僕達の反逆の狼煙であり、最後の人間性なのだと信じて。


「大丈夫だ、大丈夫。僕達は正しい戦いをしている。」


自分に言い聞かせる。だが、それは自分がまだ人であるための言い訳にも聞こえて。


「おい、俺らは最後尾だろ。行くぞ。」


剛に呼びかけられて慌てて動く。


深夜にゆっくりゆっくりと動く、20余人の集団。少しも気は引けない。纏められた恐怖によって苦しくも心通わせる彼等は大人数でも全く音を出さなかった。


でもそれ以上に…


「……?何故AIの奴等ががいないんだ…?」


施設その物が静かだった。


剛の独り言を聞いた自分もこれには不自然だと思った。だが、着々と集団は進んでいく。順調におかしいくらいに順調に。


そんな空気だと否が応でも余計なことが頭を掠めるようになってしまう。


――やっと帰れる…よかった

――諦めないでよかった

――心を捨てててよかった

――血溜まりを踏んでよかった

――笑っててよかった

――嗤っててよかった

――よかった、よかったよかった

――よかったよかったよかったよかった

――やっと、解放される


その時、横殴りに冬の風が吹いてくる。冷えに冷えたそれは一瞬だけでも興奮で沸き立つ僕の思考を正常に戻してくれた。


(でもそれは…)


でもそれは、()()の『正義』に収まりこそすれ、()の『正義』に収まるのだろうか。


――――僕達はまだ知らない。



短くてごめんね。次回から本気出す(フラグ)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ