反撃への前夜祭
「……い。……おい。…おい!」
「はっ?!ふぇっ!?」
「何が『ふぇっ!?』だ。今回の計画は何かあったときはクルトだけが頼りなんだ。ちゃんと聞いてくれ。」
「す、すまない…。」
ボーっとしていた。
昔のことを思い返しているとすぐ我を忘れてしまって困る。
「…続けるぞ。あのダクトを警戒しつつ抜ける。殿は…」
「私だろう?」
今は脱出計画を煮詰めている。ミュルスが帰ってきて会議は直ぐに行われたが、ミュルスを含め全員とも地下通路の発見で浮き足だったような雰囲気だ。
「聞いてるなら最初からそう言えよ…」
「私は要領に関しては良い方だからな。」
そんなたわいも無いやり取りの中、私は…いや、私達はどこか懐かしさを感じていた。
その証拠に…ほら、一瞬ミュルスがクスッと…
「ほーら!また二人でイチャイチャしょうとする!」
「し、してない!私は断じてイチャイチャ何てしてないぞ!」
「どうだかね~。ね?ミュルス?」
「…ん?なんだ。」
「キャ、キャシー!」
因みにここに居る人は私とミュルス以外お互いの面識がない。となればほぼ必然的に関わらない人というのが発生してくる。
だが彼女…キャシー・レイアストはここに居る全員と仲が良い。
理由は簡単だ。彼女は控えめに言っても絶世の美少女だからだ。
天然なのかわざとなのか、彼女のその小悪魔な性格と話術もそれに拍車をかけているだろう。
コミュニケーション、他人を魅了する技量、容姿という点でキャシーはまさしく『魔性の女』という表現が正しいだろう。
「浮かれるのも分かるが、最終段階なんだ。真面目に考えろお前ら。」
「む~~。」
そう注意を促すのはここの最年長、城島 剛。彼はなんといってもその生真面目さと器用さが…というよりもその完璧主義が目立つ、兄貴分のような存在だ。
一概に最年長と言っても、剛はまだ21で若い。
「そんな真面目だといつになっても面倒くさがられるよ!」
「ぐはっ?!」
剛はメンタルが弱点だ。
「お前というやつは…!」
剛は強面でがっしりとしてるのに完璧主義者なため、昔から初対面の人には怖がられ、知り合いには面倒くさがられることが多い。ついでにそれを指摘されると凄く悲しむ、さっきみたいに。
根は優しいのだがな…根は。
「なぁ、君ら考える気…あるか?」
「「?!…sir yes sir!」」
ミュルスがドスを効かせて止めに入る。割と真面目に怖い。
「返事は『はい』だ。」
「「……はい。」」
いつも通りの感じでよかった。
この風景を見てると、私達如きが旗頭で良いのかと思ってしまうこともいつも通りだ。うん。
(……やっぱり私達なんかが旗頭でいいのか?)
いつも通り無責任にそんなことを考えていると、ミュルスが何やら幾何学的な図形を取り出してきた。それはお世辞にも綺麗とは言えない子供のような図形だったが、その黒炭の跡と震えながらも真っ直ぐ描かれた線が私達を想って、一生懸命に描かれた物だということを窺わせる。
「ほら、出来たぞ。」
ミュルスはそれを誇ることも無く淡々と私達の元へと持ってくる。
凄く申し訳ない気分になった。
そう思うのは私だけでは無かったのか、剛とキャシーもいそいそと近づいてくる。そして、四人でその奇妙な図形を覗き込んだ。
「決行日は一週間後。剛、それまでに準備頼む。ルートは安全を第一にcルートで行く。」
「おい、よく見えん。ちょっとはこっちに寄せろキャシー。」
「はぁ?これでも結構ギリギリなんだけど。ていうかこっちに寄せてよ。」
もちろんここにまともなテーブルなど存在しない。なのでこういう会議は倒れたがれきの上や壁などで行われる。今は少し大きめの歪な瓦礫の上に紙を置いて、覗き込むような形で会議を行っている。必然、距離が遠いため図形が見えなくなってしまう人も発生する。
「先遣隊突入後、安全が確認され次第移動して地下道から脱出って感じだ。全体への報告はキャシー、クルトで頼む。」
横でミュルスが無表情のまま解説を続けている。怖い。
「いいからちょっとよこせ。」
「あっ?!酷いもうちょっとで把握出来たのに!」
「お前は見られたんだからいいだろ。」
「むき~!」
二人とも沸点が低すぎる。それにしても聞く気が無いのか、真面目だからこうなってるのか、仲が良いだけなのか分からない。取りあえず私は聞いてるアピールしておこう。
「ここま……フゥ、おい。」
ほら出た。
((―――――ギクッ))
「別に君らだけ置いていっても良いんだぞ。」
「「…ごめん。」」
ここからの流れも大体分かる。
「クルト、後頼む。」
「あ…あの、私…その…な?」
「頼んだぞ?」
「……はい。」
…ほら出た。
~~~~~~~~~~~~
さて、ようやく脱出の目処が立った。
ようやく、ようやくこの悪夢を終わらせられる。
全員への伝達や準備はアイツらが上手くやってくれるはずだ。何だかんだ言ってアイツらはできる奴らなのだ。
手先の器用な剛、戦闘能力に長けたクルト、コミュニケーションネットワークの広いキャシー。よくもまぁ、こんな場所に綺麗に出来る人間が揃った物だ。
そう関心していると、影を隠れて何かがやって来る気配がした。
僕はおもむろに背後へと振り返る。
―――――ゥイイイぃぃ…
漏れる冷却装置の微かな音。機械の癖に柔らかく地面を踏みしめるゴム材質の脚の底部。ガチャガチャとうるさい筈の関節は滑らかに駆動している。
「………」
視線が上を向く。僕はいつの間にか眉間にしわが寄っていた。
「ピ、ピ」
とここだけは機械らしい電子音を響かせながら、頭頂部にある単眼のモノアイがこちらを向いた。
熱のない冷えたジュラルミンの体に僅かに付着した、恐らく薬莢の物と思われる火薬の粉。傷の入ったポリマー銃や所々に見える鈍く輝く金具から伺える使い込みは想像に容易い。
…ここに来たばかりの頃、僕達は恐怖に震えていた。その日を生き延びても明日生きられる可能性は分からない。頭を抱えてうずくまる人もいれば、互いに殴り合って時間を忘れようとする人もいれば、逃げようとして翌日には頭だけが帰ってくる人もいた。
皆逃げるようにAIを避けていた。だから、僕が皆の代わりにAIを睨むように見ていた。結局、僕らしかいないから。僕が、やるしかないから。
怖くない訳じゃない。むしろ怖くて逃げたい。でも、死んだ人も託した思いも僕達が背負うしかないから。だから、僕は涙を拭って睨み付ける。皆の思いを込めて。
でも、今は違う。
どうせ電子信号でしか会話しないんだ。ちょっとくらい恨みを晴らしたっていいだろう。
「……ピ…。」
目を大きく開いて、保っていた平静を解き、ニヤリと八重歯を光らせる。何か月もまともに洗えていない歯は汚らしく、身なりもボロボロでみすぼらしかったが、ここ数カ月の彼の行動を鑑みれば今の行動は正しく《異常行動》だろう。
だが、それ故に彼の覇気と恨みを存分に感じさせる。
「…見てろよ共和国のクソ野郎共。」
そして彼等は何事も無く去って行った。
その間、裂けたような彼の口が塞がることは無かった。
~~~~~~~~~~~~
灯りのない闇の中、16面モニターに照らされながら、その人間は16の内の1画面をじっとのめり込むように見つめている。
そこには僅かに下を向き、八重歯を光らせていた。
「いいわ…いいわよ…!」
その人間はその数十秒の時間を何十回と再生逆再生を繰り返している。
「ウフフ…今回は、当たり…かしらね…ウフフっ…。」
気持ち悪く、「ウフフ」と何度も連呼していた。
いつかコンビニバイトでパチスロのオッサンから「わかば(タバコ)」と言われたい毎日です。