クルトの過去~決別~
「もう一度だけ聞く、何故貴様がここに居る。」
「…ひ、避難…してきただけです。…お父様。」
私は思わず小さく悲鳴を上げる。
まぁ、次の瞬間には『何故このお父様が私より先に来ているのだろうか。』そんな疑問と敵意しか湧かなかったが。
「…チッ、まぁいい。予定に変更はない。」
予定?何か考えているのだろうか。
「…失礼ながらお父様、その《予定》とは?」
「貴様が知る必要はない。」
一蹴されてしまった。だがお父様のことだ、下らない事であるのは間違いない。私はただ、それが降りかかるのが私で無いことを望むだけ。
「……はぁ。」
父は私の方を向いて小さく溜息をつくと、足早に早朝の森の闇へと姿を消した。
いつもそうだった。私と会うたびに溜息を漏らすのだ。そして私へ疎ましい視線を向け、我慢出来なくなったところで至極当然のような素振りで私と母に拳を振るうのだ。
(こんな奴に…こんな奴に…!)
私は強く…強く拳を握りしめた。
……………。
…だからきっと、これは復讐心という物なのだろう。私はその父親の後を付けていた。私はどうしても暴きたかったのだ、私の周りに漂っているこの違和感の正体を。
この街の何かに父は関わっている。そんな確信じみた直感を信じて、私は奥へと進んでいった。
……暫く歩いた。既に目的地らしき所にはついている。そこには多くの白衣を着た研究者らしき人と、迷彩服に包まれた傍目にも分かる屈強な軍人達でひしめき合っていた。
彼等は持ち寄った機材や兵器などの調整を行っているのか、そこかしこからカチャカチャと金属のこすれ合う音が森の中に木霊する。
(何かを待っている…?)
すると更に奥からヘッドライトを光らせながら、2台ほどの武骨な装甲車がこちらへと向かってきた。
それらは父の近くで停車し、ヘッドライトが消される。父の辺りを見るのがやっとの為、装甲車を含めて奥は再び闇に閉ざされた。
少しして足音が聞こえてくる。わざとらしく音を立てるそれは闇の奥から徐々に輪郭を露わにする。
「やぁ。未来の同胞たち。」
闇から出ずるのは貼り付けたような笑顔を浮かべる気味の悪い人間と武装AI、そして母だった。
「………」
母は俯いたまま何も語らない。でも私にはハッキリと分かった。母のその震えた手から、頬に残る涙の跡が、消えた覇気がその全てを語ってくれる。
「…お、かぁ…さん。」
私は泣きそうになった。でもまだその時じゃない。だから、今は…キツく拳を握る。
「ようこそお出で下さいました。新皇共和国のエルバス殿…で間違いございませんね。」
父が挨拶をした。どうやらこの気味の悪い人間はエルバスと言うらしい。
「名家と名高いバーンステイ家の嫡男とお会い出来て光栄です。」
ここでは、新皇共和国とは才能に恵まれた者による恵まれた者の為の国であり、現在自由連邦合衆国と戦争状態にある。エルバスと名乗る男はその国の仕向けた人間のようだ。
つまり、敵である。
(なぜここに…?)
「ご覧下さい、この惨状を。ここはもうじき焼け野原となり、新たな新皇国の重要拠点となるでしょう!」
「どうです?エルバス殿?」
「素晴らしい。ですが、些か死体が少ないようにお見受けしますが?」
双眼鏡を覗きながら言う。
「ええ、残りの者はシェルターに逃げ込んでおります。…ご安心下さい、シェルターは行き止まり。直ぐに殲滅して見せましょう。…やれ。」
軍人達は慌ただしく無線機を手に取る。すると私達の方まで聞こえるほどの絶叫が聞こえ始めた。
「どうです?最後の余興にふさわしいでしょう?」
――何が余興だ。人の命を余興にするなんてサイコ野郎と何も変わらないじゃない。
「ふふ。ええ、そうですね。では、取引成立ですね。貴方には中将の位を与える手筈です。」
私はここでようやく考えがまとまった。全部全部、父の計画の中だったのだ。街を焼き、襲わせ、自分だけが何事もなかったかのように寝返る。それも高い地位で。
私は刀を抜こうとした。斬ってやろうと思った。
「ありがとうごさいッ…!」
「…え?」
だが、先に動いたのは母だった。
その手には短剣が握られていた、刀ではなく。
私はいつも思っていた、何故反撃する力があるのに使わないのかと。だが、母にとってはあれも立派な反撃だったのだ。暗殺術を学んだのも、格闘術を学んだのも、全ては今この時、油断させて出来た隙で確実に父を殺す為。
だが、父も父とて、軍人だった。
その凶刃を完全に逸らすまでは至らなかったものの、心臓に向かう筈だったそれを、腹にまでずらした。
そして、母は軍人達によって捕らえられ、地面に抑えつけられる。
「ぐふっ…お前…分かって、いるのか…。」
軍人に支えられながら治療される父は、母を見下し、血反吐を吐きながら問う。
「うるさいッ!このクソ野郎ッ!!…離せっ、このっ!」
「おやおや、仲間割れですか?」
「こんな奴の仲間にするなッ!」
暴れ続ける母、でも私は全く動くことが出来なかった。まるで地面と鎖で繋がれているみたいに体が重かった。
(何で…動いて…動いてよッ!)
ただ虚しく時間だけが過ぎ去る。
「……はぁ。…死ね。」
また溜息を吐いて父が銃を構えた。引き金に指がゆっくりと添えられる。
まだ少し泥の付いた右手指が銃の引き金を押し込んでいく。左手で口元の血を拭いながら。
「…さっさと殺せばいいじゃない。一生呪ってやる。」
…お母さんが死ぬ、そう思った。
―――――死ねぇぇぇぇええええ!!!
「なっ?!」
一歩、刀を抜く。
二歩、縮地。
三歩、限界まで絞って、突き刺す。
―――――バンッ…
父が銃を撃つのと私が父を突き刺すのは同時だった。
幸い、銃口は明後日の方向を向き、母に撃たれることは無かった。
次の瞬間には父はその場にだらりと倒れ込んでいた。やがて父の周りの地面が赤く染まると、酸化して少し黒ずんでくる。
「貴様ッ…!」
軍人が一斉に銃を構える。私は一瞬で包囲された。
「やめてっ!」
「お母…さん?」
「ごめんね…ごめん、ね…クルト…。」
「お、がぁ…さん…」
私達は抱き合いながら、号泣した。せめてその瞬間が訪れるまでは互いの愛を感じていたいから。
「…はぁ、やれ。」
――――ドドドドドド
銃声が響く。不思議と痛みはない。
これが『死ぬ』と言うことなのだろうか。お母さんもこんな気分なのだろうか。だとしたら、このまま楽に殺してほしい。死ぬならお母さんと一緒がいいから。
…暫くすると銃声が止んだ。終始痛みはなかった。
「………え?」
「ぎ、様”ッ…!」
周りを見ると取り囲んでいた軍人、研究者までもが全員倒れていた。そして、私達の前には全面装甲がボロボロになって煙を吐きながらも二つの足でしっかりと立っている武装AIの姿があった。
「クライアントがいなければ取引は成立しない。当然だろう?」
そう言って、彼等は装甲車に乗り直し始めた。
「殺さ…ないの?」
「私には殺せないからね。」
彼等は来た道を綺麗に引き返していく。惨劇の舞台には、私達だけが取り残された。
「…帰ろう。」
「…うん。」
殺した父の傷口には小さく火傷の跡が残っている。
私は弱冠十四にして人殺しの業を背負うことになった。