早すぎる雪解け
中の、その尽くは暗闇だった。
四方を床と同じく金属板で囲い、その継ぎ目には建物が廃墟となってなお、少しの隙間も存在しない。
AI共がトラップを設置するときに全面的に洗浄もしくは取り替えを行ったようだ。
僕は首を振って余計な思考を切る。
そしてあらかじめ取り出しておいた懐中電灯を口に咥え、左手にドライバー、右手には赤錆びた古いペンチなどの工具を携えているいるのを確認すると、僕は懐中電灯のおかげか、少し先まで見えるようになったその狭い通風口の中を匍匐前進した。
「…!冷たい…。」
金属板が頬に当たった。
まだ秋頃だと思っていたが、もう既に金属板が冷たくなるくらいには冬に差し掛かって来たようだ。
僕は焦りと嫌気を噛み締めながら、前を向く。
右腕と左脚を外側から内側へと滑り込ませるように前へと出す。同じように左腕と右脚も。
単調な作業の筈なのに酷く呼吸が落ち着かない。頭の思考はありもしないことを考え始める。…血が、足りない。
正しく機能しているのは目だけだった。
そして、広くとらえていたはずの視界さえも狭まっていく。頭から血の気が引いていき、思考が彼方へと置き去りになってゆく感覚。
なのに呼吸は落ち着かないままで。
ただ目の前に置かれた同じ課題を次々とこなす機械のように僕は前へと進む。違うのは、僕が呼吸をしているということだ。
そのときにはもう、頭から記憶も感情も何もかも、置き去りになった思考と共に溺れていきそうになっていた。
…瞬間、
―――――ヒュオォ
真っ直ぐに空いた通風口の入り口から冷たい追い風が微かに吹く。僕の肌を冷たく撫でるそれは、四方の金属板を小さく揺らしながらその先の暗闇へと消えてゆく。
動きやすい薄着だったせいか、足先から全身に身震いが迸る。
我に返った僕は壁に当たって音が出てしまわないよう、全身の筋肉に力を入れて収縮させ、震えを抑えることでどうにか音を殺す。
「…はーっ…。」
寒さからか手に吹きかけた息は、それを暖めながらも、もやとなって消える。そのもやはまるで先程まで溺れそうだった自分に見えて意味も無く鋭く睨み付けていた目が少しほころぶ。
僕はほころんだその目に気付くこともなく、二つの意味で震えている手に踵を返し、奥へと進んだ。
暫くすると、トラップが現れる。空いている穴から針が飛び出してくるシステムの、割と初歩的な罠だ。
センサーが一定以上の大きさの熱源を探知したとき、穴からその通風口の中を埋める程の長さの針を飛び出させる仕組みになっている。動物はおろか、人間の頭でさえ容易く貫くそれを。
ただ、これはよく見れば穴が空いているのがセンサーの範囲外から見えるので容易にドライバーなどで取り外し、対処することが出来る。
事前に教わっていた情報に基づき、トラップを解除していく。
(…よし、次は…配線の解除か。)
僕は手元のペンチを探した。
~~~~~~~~~~~
(………おかしい。)
大分通風口の奥まで進んできたつもりだ。だが、未だに終わる気配がない。
僕は思考を巡らせながら、前へと進む。たが無意識に、動作荒くなっていた。
(何だ?どうして?これは…焦り?いや…違う…。)
僕の中で思考が混乱する。
そもそも、この通風口は他の物よりも外側に位置している。外に繋がるのであれば、すぐにでも出口が見えてくるはすなのだ。
最低でも今まではそうだった。
出口が見え、フィルターと外装を取り、外の高電圧フェンスを確認して、引き返す。
それがこれまでの探索。
普通に考えれば、多少長いだけだ。だがこれは異常だ。これまで探索をして初めての異常だ。
そう、異常なのだ。誰もが望んだ変化、現状の打開。それが今、ここにある。
微かに高鳴る胸。寒さとは別に震え始める手足。目が見開かれて乾く。まとまりかけた呼吸は砕け散り、規則も何もない呼吸が再び訪れる。
そんな中ふと、金属板に映った自分の顔を見た。
――あぁ、僕は……僕は今、笑ってるのか。―
そこには口を不均一に引き攣らせ、笑う一人の青年がいた。
それでようやく、僕は抱いている『歓喜』の感情を理解する。
ようやく見えた微かな希望。
静かに、だが確かに僕は、喜びに打ち震えていた。
気付くと目の前にまで排気ファンが迫ってきていた。僕は慌てて止まるが正直、それどころでは無かった。
手元が忙しなく震え、狂う。
ドライバーなど、取れるわけもなく。
仕方なく、僕は手からドライバーを離し、力強く握り拳を作る。…少し、ほんの少しだけ震えが止まる。
それだけでもう十分。
改めてドライバーを手に取り、自らの震えを制御しながら排気ファンを取り外す。
旧式であれど小型だったため、すぐに取り外せる筈だったが、存外時間がかかる。焦る自分を抑えながら、僕はようやく排気ファンを取り外すことが出来た。
――――フゥッ…
鼻から大きく息を吹き出す。
白息は頬を伝い、風に乗って背後へと霧散していく。
いつの間にか追い風から向かい風へと変化していた。
寒いはずなのに体が火照る、熱い。
その火照りに乗せて、僕は進む。進む進む、進む。
そして、然るべくしてそれは見えた。
「……ようやく…ようやくだ…!」
フィルター、外装そして、微かな湿り土の香り。
速く、そして確実に目の前のそれらをこじ開けてゆく。
四本目のネジを、外し終わった。
天井に通風口がある形になっていたため、必然的に上から顔を覗かせ、状況を確認した。
奥の方の階段と天井の隙間から少しだけ見える厳重な金属壁、電子ロック。間違いない。
「……ここが、あの…地下通路…。」
同時に周囲を見渡す。
AI共も手を出しずらかったのか、それとも材料が尽きたのか、恐らく建てられた当時その物と思われる、石材で作られたドーム型の床、天井。
床は中央に向かって坂になっており、水等を逃す仕組みになっている。中央には溝があり、穴の空いた金属板を挟んで下水のような色になった泥水が流もせずにたゆたう。
それでも、水は水なのか、地下通路な入り口附近からの光源を反射し、穴から反射光を覗かせる。
湿度が高いらしく、水の反射光を更に石が反射して存外地下通路は明るい。と言ってもまばらに、だが。
ハッキリ言って綺麗かと聞かれれば首を斜めにするだろう。
しかし、今の自分にとっては十分幻想的だったらしい。
「ぅオッ…!」
バランスを崩し、そのまま地下通路に転げ落ちそうになる。
地下通路の高さは二メートル以上はあり、通風口はその一番高い場所に位置するため、落ちれば最後、戻ることは出来なくなる。
持ち直し、今日の探索を切り上げることにした。
~~~~~~~~~~
「…遅かったな。」
ここまで来てくれた仲間と再会した。
彼等の服には払ったようだが少し砂が付いていて、何回かAI共の巡回があったことを思わせる。
仕方の無い事なのだが、急に申し訳ない気持ちに襲われた。
「ごめん。」
クルトが少し驚いたような表情をした。
僕はそれに一瞥して続ける。
「帰ろう。話したいことがあるんだ。」
窓からは月明かりがなくなっていた。
そろそろ筆者のふざけた名前を変えようと思っている今日この頃でございます。
本当に変えようと思っているのでお手数ですがそこの所お願いいたします。