僕だけの役割
「…すまん、駄目だった。」
「…そっか。ありがとう。」
僕はドライバー、地図などの入った袋を昨日の探索班から預かった。そして中からボロボロに削れた鉛筆を取り出し、地図に大きくバツ印を付ける。
地図にはもう、殆ど通風口は残っていなかった。
既に合計八人以上が奴ら達に殺された。僕達の士気は正直かなり下がっている。小さい子供はいきなり泣き始めるし、僕と同じくらいの十五歳くらいの人でも夜中ヒソヒソ泣いている姿が見られる。
僕達は夜中の寝る時間とあの時間以外の日中は基本的自由で遊ぶ事も可能だが、不自然な行動、脱出を試みようとすると即座に見回りのAI達から射殺される。
これまでも処刑された仲間以外で何人もAI達に射殺されてきた。
また、この数に自殺者は含まれていない。
「ね、ねぇ。本当に出口、あるんだよね?私達、帰れるんだよね?」
「お、おい…!」
この頃よく言われる。そんなことは僕が一番聞きたいよ。
でも、脱出案を提案した本人として僕には責任がある。…結局、僕がやらなきゃいけないんだ。
「大丈夫、もうすぐきっと帰れるよ。」
笑顔を作る。なるべく僕の動揺が伝わらないように。
「そう…だよね!もう殆ど通風口は無いもんね…!」
そう言うと、巡回のAIが見えるようになった。
「それじゃあ…ね。」
例外もあるが、基本的に男二人に対して女一人は不自然だ。彼女はそれを懸念したらしい。
「うん、じゃあね。」
お互い違う方向に進んでいく。
間もなくして、武装したAIとすれ違う。これに至ってはいつになっても緊張して慣れない。今みたいに密会していると特に。
「ふぅ。はは、いつになっても慣れないよね。これ。」
「…なぁお前、大丈夫か?」
「?何が?」
彼は一体何が聞きたいのだろう。話の意図が見えてこない。
「なら、良いんだけどよ。」
それだけ言って彼は足早に走り去っていった。
ここには僕一人だけ。
「大丈夫って、別段変わったことは無いんだけど…。」
不思議と口に出す言葉は普段よりも重い…気がした。
「――■■■■■■■!」
全員が投げ入れられるように寝室へと押し込まれる。寝室といっても布団などがあるわけもなく、ただの金属床の上に申し訳程度に薄く藁や布が敷かれているだけだ。まぁ、初期の頃は床の上にシートがあるだけだったので相当にはマシになったが。
それぞれが所定の位置に赴き、雑魚寝をする。そして、それを確認したAIはカツカツと金属と金属のぶつかる音を立てながら、一定の速度で帰って行く。
(ちょっとでも足早に帰って行くんだったら、まだ人間らしくて良かったんだけどな。)
僕はそんなことを思いながら、今日の探索を促した。
「さぁ、今日も始めよう。」
全員がムクリと起き上がる。
まるでゾンビの登場シーンのようだった。
「今日は私達でしょ。」
クルトが僕に言い放つ。
「そう言えばそうだった。」
皆の疲労を鑑みて、比較的体力のある僕達年長組が暫くは行くことになったんだった。
「ほら、地図もってミュルス。」
ミュルス?ミュルスって誰だ?少なくとも僕は知らない人だが。…もしかすると、最近新入りを連れて来たのか?
…いや、でも僕はここに居る全員の名前を把握していると自負している。僕が新入りさえも把握していないなんてあり得ない。
「いつまで呆けてるの。…あなたの名前でしょ。」
僕の……?…あぁ、そうだ。この頃自分の名前使うことなんて一切無かったから忘れてた。覚え直さないとな。
「あぁ、ごめん。思い出せたよ、ありがとう。」
俺は床下の物置から地図や懐中電灯など探索に必要な物を一通り取り出す。
この物置は老朽化で脆くなっていた部分を探し、床の素材を全員で外したり、削ったりして少しずつ作ったものだ。床下は元から老朽化で空間があったため、そこを物置として使っている。
元々は床下をどうにか抜いて、土を掘りながら脱出しようとという子供の浅知恵で始めた事で、勿論脱出出来ない事が分かり、失敗に終わったが、結果的に掘って良かった。
「全く……頼もしいんだか、気が抜けてるんだか。」
僕達は与太話をしながら、扉へ向かう。
改めて言おう、探索は命懸けだ。巡回のAIに見つかれば、即刻射殺される。通風口にだって罠が無い訳じゃない。相手はAIだ、人間じゃない。AIは人間と違って手加減しない。ありとあらゆるリスクを考慮し、対策し、対処する。
脱出ゲームじゃない、コンティニューなど出来ない。チャンスは一度きり、今まで一度もバレることの無かった奇跡をこれからも起こし続けるしかない。
僕は目を見開き、頬を引き締めた。
覚悟は決まった。
「行こう。」
月明かりに照らされて、僕達は寝室を後にした。
――――――――――――――――――
――カツッ
靴裏から音が響く。
全員からの冷ややかな流し目。
「…ごめん。」
小さな声で応える。その声で全員は再び前を向く。
金属床で作られた通風口への道中、僕は慣れない摺り足をしながら目的地へと歩き出す。
皆よりも少し遅れている。本来はもっと速く歩いているはずで、つまりは、皆が僕に合わせてくれているということで。
僕は歯ぎしりをしたい思いを必死に抑えながら周囲の警戒に全力を注ぐ。勿論歩くのも、全力で。
集中すると時間が早く過ぎるそうだが、今は全くならない。むしろ昼間の時間の方が短いと感じるくらい長い。
―――ッ!
仲間からの止まれの合図。
12345…6…どうやら最後の曲がり角に来たようだ。
『蟻の穴から堤も崩れる』
昔、極東にそんなことわざかがあったそうだ。
意味は…確か、蟻の穴のような些細なことでも油断すると堤が崩れる程大変な事になる…だそうだ。
要は油断するなってことらしい。
そんなことを考えていると、いつの間にか確認は終わっていて、僕達は細心の注意をしながら、最後の曲がり角を曲がる。
ゆっくりとゆっくりと歩き、そしてようやく通風口へとたどり着いた。
「頼んだぞ」
一緒にここまで来てくれた男が言う。この男はこの施設の中でも最年長の23歳だ。
大の大人が未成年に声援と希望を託さなければいけないほど場面は緊迫していた。
僕は手早くドライバーなどの工具を最低限取り出し、残りの入った袋を、その最年長の男に無言でうなずきながら渡す。
…僕はまず、四隅のネジをプラスドライバーで外す。外れたら、取り付けてあった切れ込みの入った鉄板を決して音が鳴らぬように取り外す。そうして見えてくる四隅のさらなるネジ、今までの作業は前座だと嘲わんばかりの鋼鉄のガード。
僕は落ち着いて四隅のネジを更に外す。そして、このガードも同じく音を立てないように取りはずす。
そうすると、小柄な人が一人入れるくらいの穴が現れる。摺り足すらも出来ない僕が此処に来た理由はここにある。年長ともなると、身長が高い人が多いのだ。対して僕は160センチ前後、ギリギリ通風口に入れる大きさ、だからこそ僕は自ら望んで此処に来た。
皆が僕の代わりにやってくれているこの仕事を、このプレッシャーを肌身で感じるために。皆が大きく疲弊している今、少しでも回復してくれることを願って。
頭脳になること、支えになること。それが臆病で凡人の僕が皆の為に唯一出来ることなのだから。
僕は小さくその顎を開ける通風口に右手を踏み込ませた。
皆の生還を切に願って。