ニングルム部隊長
俺は、「黒の破精部隊」部隊長、シュッツコイ。
ニングルムは非公然の組織だが、その存在自体はある程度知られている。
極秘なのは、そのメンバーや具体的な活動内容であり、実のところ、ニングルムに属する者であっても全容を把握する者はいない。
その点は、部隊長であるシュッツコイも変わらない。
持病の悪化で引退することとなった前任から指名を受けたとき、受け継ぐ資料が余りにも少ない事実に、ポカンとしたものだ。
無論、シュッツコイは自分の術や判断力、統率力に自信を持っていたし、それゆえ選ばれたという点は前任も認めている。
付与術によって栄え、成り立っているこの帝国。その安定を図り、時には帝室に叛く者達へ鉄槌を下す。
ニングルムの使命についても、誇りに思っている。
そして、実際の活動にあたってイジュワール様に与えられた力は、全能感に満ちたものであった。
帝国全土とその周辺域に散在する「手の者」を通じ、あたかも自らの目で見、耳で聞いているかのごとく、そしてその場で「手の者」に囁きかけて指示を出す。
限定的ではあったが、自分の術を「手の者」を通じて発動させることさえできた。
その力を振るう最中には、「知らない」ことは何も問題ではなかった。
自分の手足に、目や耳に、名前をつける必要があろうか?
それほどに、自在であった。
部隊長の任務は、帝都に居ながらにして、あらゆる現場のミッションを、その場で提供される情報と人員によって遂行するという指揮官。
シュッツコイは、驚きをもってその任に就き、喜びをもってその任を果たしていた。
「手の者」が、どこの何者であるかということも知らされぬまま、イジュワール様の指示に従い。
「イジュワール様がお作りになった通信網が、力を失っております!」
帝都に詰めている巫女役や事務員が血相を変えて伝えてきたとき、その時点ではまだ、どうやって通信網を復帰させるか、それまでの応急措置をどうするか、そういった技術的な問題だと誰もが思っていた。
だが、七日が過ぎても、部隊長の力はおろか、単なる連絡すら復帰できずにいた。
事態の解明のため、術式の中に潜り込んだ主任は、「自閉モードとの警告が伝えられてきます……」という念話を最後に、その精神は戻ることはなかった。
失われたのは、通信の力だけではなかった。
ニングルムの構成員が何処の誰であるか、どのような作戦が動いているのか、データベースそのものが失われていたのだ。
部隊長以下九名。互いに直接顔を知り、会合してきた者は少ない。
ニングルムの存続を問われる事態に、副隊長も巫女長も、無言のままであった。




