魔道具商ボタクリエ
老舗の魔道具商、ボタクリエはここ数日の取引を記した帳面と、大小合わせれば三十粒にも及ぶ精霊石を眺めて、ニマニマと口元が緩むのを抑えきれなかった。
「くくく、濡れ手に粟とはこのことよのう……。」
ボタクリエの扱う魔道具は、基本的に貴族や富裕層向けの品が多い。
実用性は低く、流行に左右されるため、投機的な要素が大きかった。
先日も、センスの良さで名を上げていたある貴族の娘にあやかって、緑水銀をあしらった魔道具のアクセサリーや雑貨をまとまった数で買い集めていたのだが、いざ帝室のパーティーを目前に、肝心のその娘が「緑水銀、なんだか飽きてしまいましたわ」などと言い出したのである。
おかげで、いきなり不良在庫となってしまっていた。
うまくさばけば高利を得られていたはずだが、あんな発言があった後では、敢えて身に着けようとする娘はおらぬし、贈り物として買おうという男も皆無だろう。
しかし、高級魔道具の商売というのはそういったものである。
腹立たしい一言ではあるが、その一言があるからこそ次の需要が発生するのだ。
その娘の周辺には、引き続き、取り巻きを装って、手の者を紛れ込ませている。
さて、動きようのない在庫だからといって、捨て値で在庫処分をするわけにもいかない。
銘入りの品を庶民にばらまくようなことになれば、工房や製作者の敵意を買う。
ボタクリエに表立って苦情を言ってくるような者はいないだろうが、この手の市場を育てるには時間がかかり、しかも失うのは一瞬のことだ。
目先の損に囚われて、市場自体を傷つけたなどとあげつらわれては、ボタクリエにとって耐え難い。
やはり、鋳つぶすか。
そして、高位のものは、いずれ風穴に送るしかないであろう。
追加で発生する費用の算段を考えていたところへ、コルダと名乗る、このあたりでは聞いたことのない商人がやってきたのだった。




