イジュワールの不在
イオタ帝側近の一人、政務大臣ソチモワールの興奮のあまり裏返った声が執務室に響く。
「どうなっておる、一体どうなっておるのだ!」
官僚、巫女、付き人たちがそろって首を垂れ、互いに目線をやりあってこの状況の責任を押し付けあっていた。
「イジュワール様は、一体どうなされたというのだ! 我らを見捨てたというのか!! このままでは、黒の破精部隊の連中に、いいようにされてしまうぞ……!?」
官僚の一人の両肩をつかみ、揺さぶりながら問い詰める。
「ソチモワール様、恐れながら、申し上げます。
破精部隊長の周辺でも、緊急の会議が催されている模様でございます。顔色を失って馳せ参じる副隊長達の姿も目撃されております。
あちらでも、何かの異常事態が生じているようです。我らに構っている余裕はないのではないでしょうか……」
「イジュワール様ご自身に、何かあったというのか? 巫女たちのもとには、何の知らせも入っておらぬのだろう?」
「はい…… 緊急の呼びかけにも、応えが無いのでございます。
イジュワール様にも具合の優れぬことはありまして、そのような場合にはいつも、啓示をいただいていたのですが……」
巫女が跪いて震え、付き人が額に脂汗を浮かべて申し開きをしている。
「しかし、イジュワール様に手出しするなど、わが帝室に弓を引くも同然。いったい、いかなる勢力がそのような真似を…… ついに五精家が乱を起こすというのか? それとも、新興勢力の工作か、他国の介入か……」
落ち着きなく歩きながら、ソチモワールは思索を巡らせている。
ソチモワールは、帝室において数本の指に入る勢力を誇っているが、その力は内政や官僚人事などの場面で発揮されるものだ。
内乱や外交戦略といった分野では、誰かの傘下に付くほかない。
いや、状況の展開によっては、今持っている影響力そのものが、まるっきり消滅してしまう恐れもあるのだ。
一体、この帝国に何が起ころうとしているのか。
圧倒的に情報が足りない。
そのような中で、どの五精家と、協議を持つべきか。
そして、この混乱を、皇帝陛下にどのように報告するのか。
ソチモワールの脳は、ここ数年にないほどの回転を強いられていた。




