イジュワール
「なっ!?」
スミの口から、イジュワールの声が上がります。
さよなら、ババ様。
イジュワールとやら、お前はやりすぎた。
憑依体を剥奪の対象にするなんて考えたこともなかったけれど、僕には、不安や迷いはなかった。
抵抗している気配は、一瞬のものだった。
憑依と離脱を、数えきれないくらい、そして永い永い間、繰り返してきたのだろう。
蜘蛛の糸をちぎるような、あまりにもあっさりとした剥奪の手応えの後、細く、いつ途絶えるともしれない罵りの叫び声が、どこか遠くで聞こえているようでした。
「お前は、もう、どこにも根付いていないんだね。」
僕の手元に残ったのは、イジュワールの面影とは違って、ひどくつややかで、濁りも傷もない黒いオニキスでした。
スミは、気を失ってしまいましたが、ミステレンが脈や顔色を診ています。
抜け殻になってしまうなんてことがなさそうで、それは正直ホッとしました。
僕を抱えて黙ったままのアラクレイの肩をトントンと叩いて、おろしてもらいます。
大丈夫ですよ。
僕は、こうして立ってます。
ミステレンの治癒術で、出血と火傷は大まかに手当してもらっていますが、痛みや強ばった感触が消えるには、しばらくかかりそうです。
さて、雇い主を害してしまった僕なわけですが……
黙ったまま顔を突き合わせた面々は、そのことを責めるつもりは、無さそうです。
「まあ、なんだ、話は後にして、目の前のコイツを何とかするってことでいいか?」
ちょっと弱気な感じのアラクレイです。
皆、うなづいてのろのろと動き始めます。
そりゃそうですね、これまでどんな経緯があったか分かりませんけれど、単なる雇用主と従業員には思えません。
それぞれ、考えごとが山のようにあるのでしょう。
機体の様子を調べていたイーオットが、難しい顔をしています。
「確かに、この機体の内部で、魔力が高まっています。制御を失って、融合魔石に何かの反応が起こっているようです。
今は緩やかな上昇ですが、加速度的に反応が進む可能性も否定できません。」
ミステレンは、腕を組んで床に散らばった絶魔体の殻を眺めています。
魔道兵器の光弾を受けた殻は、どれも形が変わってしまっています。
「絶魔体は魔力を無効化するけれど、簡単に作れる分、衝撃や物理的な力には弱い。
絶魔体の隔壁を本格的に組み上げるには、強度を増すための補強材や、隙間を埋める方法を考えなきゃならないね。
まだまだ時間がかかる。とても、すぐにどうこうできるものじゃないだろう……」
「ミステレンさん、頼みがあります。下の、樽の魔道具を、僕にいただけませんか。」
ミステレンも、束縛されたまま受け身も取れずに転がったことで、埃だらけで顔にアザもできています。
「正直言って、今の状況で、私にどういう権限があるかもよく分からないけれどね。
何か考えがあるのだろう。とにかく、使えるものは、出し惜しみせずいこう。」




