ババ様の名前
「なんてことだろうね……」
スミ…… ババ様が、ひどく冷たい目つきになっています。
「黒の血筋にまつわるものかと、ちっとばかり甘やかしすぎたってことかのう。」
独り言のように、つぶやいています。
誰も、声をかけられません。
「この厄介なガラクタが片付けばありがたいとは思ったんだけどねぇ。まさか、もっと厄介なことをしでかしてくれるとはね……」
スミの顔が、ぴくぴくと引きつっています。
「でも、コーダは、ミステレンを、助けてくれた……」
スミの声が、混じって聞こえます。
「ふん。お前はまだこのアホたれを気にしているのかい。」
何でしょう、スミの体がぶるぶると震えています。
イーオットが、ひどく白い顔色をしています。
「イジュワール様。憑依暴走を起こしかけております。このままでは、スミの体への負担が、大きいかと。」
「ふん。ミステレンごときの命と引き換えにこの体を傷めたんじゃ、割に合わないにもほどがあるよ。」
なんですか。何の話なんでしょうね。
「とにかく、そこの機体の融合魔石は、このままじゃ崩壊する。
まだ風穴を放棄するわけには行かないんだ。絶魔体とやらで何とかするしかないだろう。小僧、しばらくはお前を手放すわけにはいかないねぇ。」
スミの手のひらに、あからさまに物騒な、黒い魔力の光が立ち上っています。
魔力が、脈打つ鎖のような形を取っていきます。
「ちょいとばかり、契約を結ばせてもらうよ。まぁ、契約といっても、お前さんが黒の下僕になるってだけだ、ややこしいことはないよ。」
スミが、歩み寄ってきます。
酔っぱらったような、足取りです。
ババ様、いや、イジュワールと言いましたか。
スミが、その憑依体に、抵抗しているのでしょうか。
アラクレイは、僕を抱えたまま、体をこわばらせています。
僕を逃がす、ということも簡単にはできないのでしょう。
「一生懸命協力はしますから、そんな物騒な術は、やめてもらえませんか?」
かすれた小さな声で、お願いしてみます。
「ふん。自由にさせた挙句がこの始末だってこと、忘れてんのかい? それに、お前には、色々使い道がありそうだ。」
スミが、黒い靄を抱いたのとは反対の手で、僕の胸元をつかんでいます。
何かの詠唱で、魔法陣が浮かび上がり、術式が走りだします。
僕の心臓に絡みつく、鎖のような呪い。
「スミ、そんな悲しい目を、しなくても大丈夫ですよ。」
僕は震える手で、スミの頬に手を伸ばします。
スミの頬はひきつり、ゆがんだ片目からは涙がこぼれていました。
涙を、指でぬぐいます。
頬に手のひらをあてたまま、息を吐き出しながら口にします。
「剥奪。」




