イジュワールの記憶
イジュワールが、拳を握るまでに、反応しました。
「貴様……、どこまで、知っている。いったい、何を見た!」
虚構の帝国。
それは、実家を出てから、いつも僕の頭の片隅にあった疑念でした。
皇帝と、五精家。
魔王を討伐した、六人の勇者の末裔。
ザオリストから、より深く勇者のことを聞いた今となっては、矛盾だらけの物語。
僕は、先ほどから、その物語の正体を、知りつつあるのです。
「狂王には驢馬の耳が生えるや否や。古来から伝わる、問答がありますね。」
「言葉は、誰かに直に聞かせなくとも、やがて伝わっていく。そんな寓話だったか。それが、どうした。」
イジュワールの挙動が、怪しいものになっています。
「僕には、精霊の声が、聞こえます。」
「らしいな。」
「あなたは、長年、精霊達と共に暮らしてきた。」
「ふん。だからなんじゃ。」
「そして、人前に出なくなって以来、考え事をそのまま口にする癖が、ついたのでしょう。」
「……何が、言いたい。」
「精霊達が、あなたのことを、あれやこれやと教えてくれているのです。」
「こっ、ここの精霊達は、儂の忠実な下僕! 勝手に、儂のことを口にするわけが、なかろう!!」
「告げ口や暴露では、ありません。
僕に聞こえるのは、精霊の、心の声。この体となった今では、視覚も聴覚も、区別はありませんがね。
……精霊達が、頭に浮かべたことがら、すなわち、あなたの長年の吐露を映した、時の記憶が見えているのですよ。」
イジュワールも、六人の勇者の、一人であった。
六人の勇者は、「旅の仲間」を構成していた。
「旅の仲間」も、勇者の秘術の一つ。
その最大の機能は、霊魂や持ち歩く魔道具の記録を、「旅の仲間」のメンバー相互の、魂の内部に保管しておくもの。
すなわち、「旅の仲間」の誰か一人でも生き残って「教会」にたどり着けば、パーティーから離脱する直前の記録をもとに、失われた勇者の肉体や装備の蘇生が可能となる。
教会から離れた地への遠征討伐や、ダンジョンの深層での希少なアイテムの回収を支える、極めて重要な機能であり、自らは前線に残って他者の撤退を支援する「殿タンク」などの役割の成立も、この「旅の仲間」の術あってのものだった。
稀有な才能の持ち主が六人も集い、調和のとれた連携を成立させた「旅の仲間」となったのは、偶然か、奇跡か。
ここからは、イジュワールの物語。
もともと精霊によく親しみ、優秀な付与術師であった。
見出されて勇者となってからは、その機動力や隠蔽、身代わりの術などが評価され、幼い少女ながらに、ニンジャの修練が施されたという。
その役割は、回収者。
斃れた旅の仲間の記憶を背負い、戦場から、帰還することに、特化した者達。
戦線の崩壊を予知し、罠の発動の気配を感知し、強力な急襲を察知し、仲間を置いて、退避する。
安全な場所で待機し、パーティーが生存していれば、再び合流し、全滅を感じ取れば、拠点へ帰還する。
遠征や探索が長く厳しいものとなるにつれ、回収者の背負うものの重要度は増していく。
帰路は、孤独で長い、戦いとなる。
仮に帰路で斃れることがあれば、蘇生された教会において、五人分の悲嘆を、一身に受けることとなる。
お前に、この遠征の成果の、全てを預けたのに。
「何があろうと、お前だけは守ってみせる。」
「早く逃げろ。ここは、俺達が、食い止める。」
前衛の連中は、言う。
「この、脚早の加護を、受けていけ。」
「守りの術が、少しでも、長く、続きますように。」
後衛達も、気休めの様な術を、重ねていく。
この、小さな身体の、銀髪の少女に。
迷宮の奥深くから、魔獣の森の高地から、沼地の大妖樹の上から。
魔獣の肉を食らい、断崖を降りて水をすすり、単独で生還すること幾度。
歴戦の、回収者と、なっていく。
教会へ戻りさえすれば、すぐに蘇生できるというわけではない。
高位の勇者の蘇生には、膨大な魔素が必要となる。
多すぎる魔素を集めると、禍々しい者を生じさせることがあり、溜めておくことが難しい。
蘇生に必要な魔素が集められるまで、イジュワールは長く待つこととなる。
「仲間を待つうちに、作り始めたのが、隠れ家、だったのですね。」
長い沈黙のあと、イジュワールは答えた。
「……悪いか。
儂は、静かに、部屋にこもるのが、好きじゃった。
皆が帰ってくるのを、誰にも騒がされぬ場所で、待っていたかったのだ。」
「そしてその隠れ家が、いつしか国の地下に根を広げていった……、そういうことですか。」




