帝国の半分
「帝国の、半分。」
意味を咀嚼せぬまま、思わず繰り返してしまった。
「我が帝国の、半分を、よこせ、じゃと。剥奪の力の提供と、引き換えに。」
「はい。」
何を……、言っているのだ、この小僧は。
「貴様。商人と、言ったな。帝室に仕えている身では、ないのか。」
「私は、ボタクリエ商会のいち見習いに過ぎません。
強いて言えば、魔道機能復旧室のお仕事を請けていた時は、帝室の指示の下にあったかもしれませんが、今は、その業務からは離れております。」
「いや……、そういうことを聞いているのでは……ない。帝室のためでなければ、何をしに、ここに来たのだ……」
グルグルと、眩暈がする。
こやつは危険じゃ。
「……貴様が、儂をここに解き放ったのか。」
「そのとおりです。この取引が可能な相手は、あなたしか、おりませんからね。」
「……何のことだ。
ふん。
お前達ならば、儂のおらぬ間に帝国を牛耳ることなど、造作もあるまい。
魔杖の娘に魔剣士、封術兵団。それに奈落の聖女と教会のオルガンも従えておったか?
戦を起こすまでもない。誰がお前達に刃向かえる。
二人して、黄昏の帝国を引き継いで、あとは好きにすればよかろう。」
「ご冗談を。あなた抜きでは、この帝国は、存続できません。
いえ、もとより、あなたが作ったのでしょう。この、イオタ帝国という、虚構の国家を。」
組んでいる腕を、きつく体に巻き付ける。
こやつ……何を……。
「傾きつつあるとはいえ、この強大な魔道具国家、イオタ帝国をして虚構とな。目の前の現実すら見えぬ愚か者か?」
「人前に現れぬ皇帝。
何も決められぬ、五精家会議。
伝来の魔道具の精霊から、愛想をつかされた領主達。
目先の商売に追われ、流行に消費される商品を供給するだけの商会。
どこにも、強大な帝国を支えているはずの力が見当たらぬのは、何故でしょうね。」
「日々の民草の産業があって、帝国の公共事業は回っておる。そなたのように、目の前のものしか見ない者には、国の大事は捉えられぬのだ。」
「言い方を変えましょうか。
魔道通信網一つとっても、帝室の技術者たちは、全く復旧も代替回線の設置もできませんでした。
誰も、その技術を伝えられていない。そんな状況で、これまでは、大した支障もなく稼働し続けてきた。
おかしいと思ったのは、その時からですよ。」
「太古の技術、精霊の力は、偉大なのだ。日常的な支障程度、自己修復で補修されるじゃろうよ。」
「帝都の、入出場の記録装置でさえ、技術者達には、修復のための権限がありませんでした。技術が無いだけではなく、権限がない。つまり、あなたは、帝室の技術者達に、自分のいない場で勝手に設備を触らせる気は、全くなかったということです。」
「……かつて、権限を、与えたことが、無かったわけではない。ただ、満足できる結果が出なかった、それだけじゃ。」
思い出しても、腹立たしい。
貴重な精霊石を、いくつも無駄にしおった、あの技術者気取りの愚か者達め!
「今私どもがいる、この魔道具の技術を見ても、それは分かります。
帝室の技術者達が、どうこうできるレベルの完成度ではありません。
いえ、丁寧に、本当に丁寧に一つ一つを拾い上げていけば、素朴な技術なのかもしれません。
ですが、有限の寿命の持ち主に、このような業を仕上げていくことは、海岸の砂粒を数えろと命ずるようなもの。
あなたの指示を忠実に実行できたのは、大人しい精霊か、魔道具だけだったのでしょう。」
「ふん。無能な部下しか持つことができなんだ儂を、笑いたくば笑えばいい。」
「笑いませんよ。あなたは、この帝国の基幹的な機能をすべて、精霊達によって運営させることに、成功していたのですから。人間の手など要らない、国家の運営に。」
……こんな議論をするのは、いつ以来じゃろうな。
帝室の幹部も官僚も、分かったようなふりをしつつ、自らが何かを担うことはしなかった。
この国は、どこまでも、儂の個の力で運営されておった。
「褒められても、何も出しはせんぞ。
確かに、儂は、精霊による人間のための国家の運営に成功した。だが、それだけじゃった。できあがったこの国は、いびつで、怠惰で、儂がいなければ、何もできぬような、家畜のような者達が暮らす国に、なりつつある。」
「そんなに、卑下しないでくださいよ。少なくとも、私は、とても評価しているのですから。
この、あなたの作り上げた、イオタの国を。」
「貴様、どこまで、知っている。いったい、何を見た!」
思わず、問うてしまった。




