リュシーナの炎
「ふふふ、いいじゃないか、その花火を、一発、撃ってみなよ。」
「ご希望とあらば! 痛みを、味わいなさい!」
リュシーナさまがかすかに念じただけで、炎の短剣の一本が、残像を残すほどの速さで木偶人形の片腕を、貫きます。
バシィ!
触れた瞬間には、炸裂もしている様子です。
さすが、凝った術式が仕込んであります。
「おお、大した速さと熱量だねぇ。」
人形の表面がささくれたように割れてめくれあがっていますが、イジュワールは動じた様子はありません。
「でも、この大柄な人形を焼くには、ちょっとばかり小さな火じゃないかね?」
「では、これならどうですか。」
リュシーナさまが、片手のひらをぐっと握ると、三本ずつまとまった炎の短剣が、何束も木偶人形に向かいました。
バババッ、バババッ、バババッ。閃光と衝撃が、伝わってきます。
ぐらりと、木偶人形が傾きました。
片足の付け根を、集中的に狙ったようですね。
どさりと姿勢が崩れ、腕で上半身を支えた状態となっています。
「ふぅむ。大した威力じゃないか。」
まだ憎まれ口をたたく余裕があるようです。
「それじゃあ、仕方がない。この小僧を、盾に仕立てるとしようかね。」
って!
いや、まずい、まずいですよ!
いつぞや見た、黒く立ち昇る呪縛の術式。
あれを身体に埋め込まれたら、憑依に抵抗することはできなくなるでしょう。
対抗する術はいろいろ考えていたのですが、まさか絶魔体で閉じ込められるとは、想定外だったのです!
「リュシーナさま!」
「分かりました! 防壁の、準備を!」
リュシーナさまが、両手を、翼のように、指揮者のように、振りかざして、振り下ろします。
宙に浮いていた短剣の数が、あっという間に数倍に膨れ上がって、黒い霞のように見えるほどです。
その黒い霞が、ゆらりと揺らいで……。
あ……、リュシーナさまに、絶魔体のことを、伝え忘れました……。
絶え間なく続く、着弾と炸裂の雨。
グラグラと揺れる巨大な木偶人形の中で、僕は頭を抱えて必死に縮こまり、叫んでいました。
「リュシーナさま! リュシーナさまぁぁぁー……。」
リュシーナは、自分の周囲で、数えきれないほどの術式がきらめいているのを感じている。
魔杖の膨大な魔力が可能にした精霊術、名付けて「無限の剣弾」。
胴部への直撃だけは避け、人形の四肢を削り飛ばしました。
コーダ様の精霊術の腕前があれば、私のこの攻撃も、防壁で容易くさばけるはずです。
あの邪悪な気配の術式、あれは、コーダ様に向けての、ものでしょう。
呪縛によって、支配する。
イジュワールが、恐れられるわけです。
人形からの反撃に備え、魔道盾も複数展開していましたが、直接の攻撃は来ていません。
あの霊樹の精霊には、枝以外には攻撃手段がなかったということでしょうか。
しかし、人形の方から聞こえる、コーダ様の悲鳴が、気になります。
邪悪な術の気配は消失していますが、まさかコーダ様、すでに。
一刻も早く、助け出したいのですが、この小さな生身で巨大な人形をどうにかするのは……。
「ここからは、俺の出番だな!」
一陣の風と共に、さっそうと、ケーヴィン師が魔道兵器を駆って距離を詰めています。
「コーダを、放しやがれぇ!」
ドグシャア!
獣の姿の魔道兵器が跳躍し、その爪で人形の胸元を引き裂き、跳ね飛ばしましました!
「うっきゃあーあぁ!」
……おや? 聞こえる悲鳴は、コーダ様の、ものでしょうか?
「ケーヴィンさん! ケーヴィンさんんん……! い、今、絶魔体で、囲まれちゃってて! 防壁とか、術が使えないんですぅ……!」
「え。わ、わりぃ、コーダ……」
あ、あれ? 防壁も、張れずにいたのですか……?
先ほど、割と全力で、砲撃してしまった気がしますが……。
「コーダ、待ってろ。今、抉り出してやるからな。」
「えぐりだすとか、ちょっとハラハラする響きですよ、ケーヴィンさん……」
コーダが、弱々しい声で、反応しました。
よかった、生きていて、くれました……。
獣型の魔道兵器が、人形の胴部にのしかかって、胸元を慎重に切り開いていきます。
妙に静かなイジュワールの動きを警戒していると、ふわりと、周囲から何かの波動を感じました。
なに? 周囲?
何かが、たくさん、近づいてきます。
多数の防壁と、探知の術を、一斉に展開します。
クウェェェー! グアォウ! ヴゥワァァアアー……!!
多数の足音と、叫び声。
巨大な、魔物の、群れです!
「くっくっく。」
イジュワールの、声。
「この霊樹の娘は、近場の魔獣を手なづけていたみたいじゃないか。ほれほれ、魔獣どもよ、急げ、急げ。このままでは、霊樹の精霊は、この男に、切り刻まれて、バラバラにされてしまうぞ……。ほっほっほ。」
駆け集まってくる魔獣たちの目の前には、四肢を吹き飛ばされ、打ち倒された霊樹の精霊が、横たわっているのでした。
イジュワール……!
霊樹の念話を騙って、魔獣を呼び寄せたのですね……。
そして、これって、私達、ひょっとして、侵略者ですか!?




