霊樹の剥奪
鳥籠のようにスミを閉じ込めた無数の絡み合う枝。
ぎゅっと手のひらを押し付け、剥奪の術を発動させます。
「剥奪。」
ぶわっと、周囲が星空のような光瞬く暗闇に包まれます。
これだけ大きな存在に剥奪を仕掛けると、僕の意識も、その中の空間に浮いているようなものです。
僕の意識の手元、剥奪の術が発動された場所では、周囲の光が渦を巻いて吸い出され、霊樹の外へと運ばれています。
そちらのコントロールは、アビスマリアさんに、お任せです。
もっとも、この霊樹はあまりにも巨大。
きっと、巨大な精霊石の塊が、生成されていくのでしょうが、今の時点では、湖から流れ出す小川のようなものです。
幹でしょうか、上方へと広がる大きな空間を見上げると、二つの勢力が、無数の光の繊維のようになって争っています。
あちらで伸び、こちらで縮まり、ぶつかり合って火花を散らし、時に両方が消失し……。
イジュワールの、黒のメノウのような、テラリとした輝きが、どんどんと広がっています。
「コーダ、今のうちに!」
遠くから、再び、フロイデの声が聞こえます。
そう、霊樹全体ではなく、スミの周囲だけを剥奪できれば、それでよいのです。
その根元に近い絡み合った枝の中で、スミの魂は、三歳の幼児のように小さく丸まって、眠っているようです。
「スミ。スミ、起きて。」
スミの体は、うろこ状の、黒いメノウのような輝く石に覆われています。
うかつに触ると、スミの体に、剥奪の力が及んでしまうかもしれません。
スミ自身の、魂の力で、意識を取り戻してほしいのです。
「スミ、スミ……」
呼びかけていくと、反応が、ありました。
「う、うぅん……。」
「スミ、スミ!」
静かに、呼びかけ続けます。
「ねぇ……。わたし、いい子……?」
寝ぼけたような調子で、スミが、問いかけてきます。
幼児のように、丸まって、眠っていました。
子供の頃の、夢を見ているような状態なのでしょうか。
「スミは、いい子だよ。だから、起きて、そこから、出ておいで。」
「わたし、いい子なの……?」
ずるり、と、スミが姿勢を変えます。
今度は猫のように、手足をたたんだまま、腹ばいになっています。
目は、うつろなままです。
「じゃあ、どうして、イジュワールは、私に意地悪をするの……?」
首を傾げた子猫のように、スミが問いかけて、きます。
イジュワールは、嫌がるみんなを支配する、悪い奴なんだ!
そう、言ってもよいのでしょう。
あるいは。
イジュワールは、スミのことを信頼してるから、ついつい頼ってしまって、無理をさせちゃうんだよ。
なんて言い方も、あるのかもしれません。
でも、正直な、僕の気持ちは、そうではないのです。
「イジュワールは、スミに意地悪を、してるんじゃないよ。イジュワールは、精霊を大切にしてる。あとは、どうでもいいって、ただ、それだけなんだと、思うよ。」
「どう、して……? イジュワールは、どうして、私を、見てくれないの……?」
「え? だって、イジュワールは、とっくの昔から、精霊みたいなものじゃないですか。スミを育ててくれたかもしれませんけど、親子とかそういう気持ちは、ないんじゃないですか?」
何となく、期待された答えではないような気はしつつ、僕は、率直な言葉を、紡いでいきました。
スミの目元から、黒い鱗が、ぽろぽろと剥がれて、こぼれ落ちていきます。
やがて顔や、首筋にもその現象が広がり、本来の、素肌が、現れました。
「あなた、思いやりとか優しさって言葉は、ないの? 雰囲気とか、空気とか、もうちょっと読んでも、いいんじゃないの。」
スミが、目を開いて、立ち上がっていました。
「おはよう、ございます。」
「何ていうのかしら。幼いころの悪夢を、きれいな思い出に書き換えるチャンスだった気がするのだけれど。」
「悪夢のような記憶を、美しい物語に書き換えるなんて、それこそ、夢魔のやりそうな、ことですけどね。」
「あたしたちは、魔物じゃないよ。」
「なら、さっさとそこから出てきてください。うちのフロイデさんが、大変なことになってるんですから。」
スミが、ケーヴィンの力を借りて、抜け殻となった枝を押し広げて抜け出していきます。
「よぉし、コーダ、スミは回収した! お前も、さっさとそこから出てこい!」
え? 出てこい? 僕は別に、体まで霊樹の中に入ってるわけでは、ないんですが……?




