霊樹の世界
僕達は、取るものもとりあえず、戦場を離脱しています。
「コーダ様、霊樹のダンジョンって、村長は、村人の退避のために、不在なのではないですか!?」
「リュシーナさま、問題ありません! 僕も、ダンジョンマスターの権限を持っています!」
「え? そう、なんです? なんで……?」
ちょっと立ち止まりかけたリュシーナさまの腕を引っ張って、高速機動を継続します。
ケーヴィンは、タンク役の獣型魔道兵器にまたがって、追従しています。
リュシーナさまが跨乗して、直接リンクしていたので、自閉モードにならずに済んだ一騎です。
「コーダ、この一騎では、イジュワールを押さえられぬ。ダンジョン内で、潜伏ゲリラ戦でも挑もうというのか。」
「とにかく、まずは安全の確保を!」
「分かった。これから考えるってことだな! よし!」
「……それで、よいんですか?」
リュシーナさまが、またも疑問を浮かべて足が止まりかけます。
「コーダは、いつもこんなもんだよ!」
「そうなんです! だから、大丈夫ですよ!」
「……? 何が、大丈夫なんでしょうね……?」
考えこもうとするリュシーナさまを、半ば抱えるようにして、突き進みます。
村の中心の通りを突っ切って、ダンジョンの建物へ。
街道警備隊のうち、速力のある偵察隊は、かろうじてこちらを追跡しています。
「ゲートは、絞るか?」
「いえ、付いて来てもらいましょう。警戒して止まってくれれば時間が稼げますし、入ってきてくれれば、外の世界と、切り離せます。」
霊樹の世界は、特殊な結界のようなもの。
次元もずれていれば、時の流れ方さえ少しずつ変わっていきます。
イジュワールの力と言えど、外部との接続を維持することは、できないでしょう。
そう、考えていました。
平然と単独でゲートをくぐって来たイジュワール……、スミの姿を見て、僕達は身を隠したまま、沈黙しました。
「ダンジョンかい……。それも、閉じた空間を、生成するタイプのものだね……。
にしても、ダンジョンの管理者が、こんなにゲートの近くにいるなんて、ちょっとばかり油断が過ぎるんじゃないかい?」
スミが、霊樹の幹に、手を伸ばしています。
「お前、風穴の一部屋に、閉じ込められていた人工精霊だね……? それも、スミに面倒を見てもらっていたのか……。くく、なつかしさのあまり、思わず、『承諾』してしまったのかい?」
スミの腕を伝って、霊樹の幹に、刺青のような呪縛の紋が急速に広がっていきます。
それに応じて、光り輝く青空だったはずの光景が、徐々に光を失って、灰色の靄に、包まれます……。
ケーヴィンが、引きつった声を上げます。
「まさか……!?」
リュシーナさまも、かすれた声で、つぶやいています。
「コーダ様、あれはいったい……」
僕の脳裏には、風穴の一室に、長きにわたって閉じ込められていた、樹木の精霊の姿が浮かんでいました。
「霊樹に宿る精霊も、かつてイジュワールと関わっていたのですね……。
そんな、霊樹が、憑依可能な対象だったなんて……。
ダンジョンは、イジュワールを剥奪した後に作ったものだったので、油断、していました……。」
「待って、コーダ様、何か、聞こえます……。」
「え? フロイデ? 何を?」
「コーダ、コーダ! イジュワールが私に憑依している間に、剥奪を! 今なら、動きが止まっている!!」
あえて、イジュワールを受け入れたというのですか!?
「う、うわぁあああ!」
作戦も何もなかったけれど、僕は茂みから飛び出しました。
霊樹は、その枝を触手のようにうねらせて、スミの体を絡めとっています。
「ふふ、イジュワール。スミの体から出なければ、永遠に、私のうろの中よ……?」
「この、紛い物の精霊が、こしゃくな真似をぉ。
お望み通り、お前を乗っ取って、その根でガキどもを縛り上げることにしようかね!」
「私とて、それなりに魔素をため込んでいる。簡単に、憑依し切れると思わないことね!」
霊樹は、今やうねうねと枝葉や根を悶えさせ、灰色となった枝を健康な枝が打ち払い、元々の幹に黒ずんだ枝が突き立てられるという、自傷行為の混沌の中にあります。
「イジュワール! スミから、フロイデから、離れろぉ!!」
僕は、空中を駆け上がると、枝で編まれた鳥籠のような瘤に飛びつきました。
中に、蔦のような枝で締め付けられ、囚われたスミがぐったりとしています。
「剥奪!」
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