ミステレンの仕事
その日の午後遅く、学校の授業が終わったあと。
あたりの様子をうかがいながら貧民街に向かう例の男ナラカッシを、スミは一人で物陰から追跡している。
ナラカッシは、確かに、路地に入っていって、あたりにたむろしている人間に話しかけている。
人探しをしている雰囲気だ。
やがて、一人の女の子を連れて、路地から出てくる。
薄汚れているが、可愛らしい顔立ちに見える。
身なりを整えてやれば、十分需要はあるだろう。
いや、そうと決まったわけではない。
スミは、自分を落ち着かせようと長い深呼吸を行いながら、尾行を続けた。
その呼吸が止まったのは、女の子が連れていかれた建物から、知った顔が出てきたからだ。
「ど、どういうこと……? なんで、ミステレンがこんなところで、あいつといるの……?」
混乱したまま、スミはミステレンと暮らしている宿へと帰っていった。
何も手につかず、ぼんやりとしているうちに日が暮れて、部屋は真っ暗になっていた。
「スミ……? どうしたんだい。明かりも付けずに、こんな真っ暗なままで。」
部屋に帰ってきたミステレンの声は、普段と変わらない、温かいものだった。
ただ、ぼんやりとして、悩み事を抱えているように見えるスミへの、気づかいと思いやりを感じさせる。
「ミステレンは、今日は何をしていたの?」
「今日? ちょっとした臨時の仕事をこなしていたんだ。いつものお店にはいなかったけど、何か用事があったのかい。」
「貧民街の中で、ミステレンを見かけたの。うちの学校の生徒と一緒に、知らない女の子といた。」
「どうしたんだい、いったい。女の子って、ああ、あの部屋のことか。」
「何をやっているのか、説明して欲しいんだけど……」
「何も、いかがわしいことをしているわけじゃないよ。彼の手引きで、夢魔の一族の子供たちを保護してただけさ。」
「夢魔の一族の子供たちを……? 以前からやっていた、孤児院の活動なの?」
「いや、今回のは個別の案件さ。彼と……イーオットからの依頼と言ってもいい。」
「イーオットからの、依頼?」
「そうさ。費用は、彼が持っている。
僕も孤児院の支援はしているけれど、帝国中の子供の世話ができるわけじゃないし、夢魔の一族を選んで支援するなんてやり方もしない。
今回は、彼のところへの、移住希望者の手伝いをしてるって感じかな。」
「移住希望者?」
「生活に苦しんでる夢魔の一族の一部を、イーオットとムクチウスのもとに連れて行って移住させるんだ。雇うというよりは、自給自足に近い生活になりそうだけどね。」
「夢魔の一族で、生活に苦しんでる人がそんなにいるの?」
「イジュワールの力に関係する仕事が、なくなってしまったからね。街で仕事を探すことになった人々が、少なくないのさ。」
「夢魔の一族が、そんなことになっていたなんて……。」
青白い顔をしているスミに向かって、ミステレンは難しい表情をしている。
「正直に言えば、スミには、知られたくなかった。」
「なんでよ。」
「夢魔の一族とは、距離を置いて過ごしてほしかったからだよ。」
「どうして。ちゃんと、話して。」
「風穴の管理者としての、責任を追及されるかもしれないということもあるけれど……」
ミステレンが、困ったように目を泳がせている。
「何よ。」
「彼らの多くは、イジュワールの復活を望んでいるんだ。」