同族の不始末
男は、少したじろいだ様子で、続ける。
「……お前、普段は猫を被っているのか?」
「それ、答える義務とか必要、あります?」
「あ、いや、うん。聞くまでも、ないな。」
「で、何の用ですか。用がないなら、行きますけど。」
「お、俺は、夢魔の一族だぞ!」
「あ、そうなんですか。奇遇ですね。私も、そうなんです。
でも、そんな風に、よく知らない人間にまで、夢魔の名を語っているんですか?」
「い、いや、お前が、黒の系統の術を使ったからだ……。」
「で?」
スミの冷たい反応に、男は徐々に弱々しい口調になっている。
「破精術を、使っていたから、似たような境遇の者同士かと、思っちまったんだよ……。
でも、勘違いだってんだろ。俺なんかとは、立場が違うってことか。」
「夢魔の一族という意味では、同じですよ。」
スミも、今の自分が特別な存在とまでは、思っていない。
「でもよ、お前、学校の中で、結構金持ちな連中とつるんでるだろ……?」
「別に、お金持ちだからつるんでるわけじゃありません。
いろんなことを知ってたり、楽しい話をしてくれる方たちと一緒にいるだけです。あなた、ほかの生徒のことをそんな風に見てるんですか?」
破精術を見かけたからと、横柄な口調で話しかけてきて、夢魔の一族の名を軽々しく出したかと思えば、今度はこちらの友人付き合いのことを非難めかして言い出してくる。
スミは、この男は気に入らない人間だと区分することにした。
「お、俺は……、今は、金に余裕がないから、一緒に遊びになんて、行けねぇんだよ……。」
「ふぅん。早く働けるようになって、仕事が見つかるといいですね。」
「く……、他人事みたいに言いやがって。ああ、せいぜい勉強を、頑張るとするよ。」
捨て台詞風に言い残して、その男は立ち去って行った。
「本当に夢魔の一族なのだとしたら、勘当でもされたのかしら。」
あの夢魔の一族を名乗ってた男。
お金がないと言っていたけど、家出でもしてきたのだろうか。
少なくとも、私の知ってる夢魔の一族は、末端であってもそれなりの地位に就いていたと思うのだけど。
一週間ほど経って、別の級友から例の男の噂話を耳にしたとき、スミは「厄介払い」を行おうと決心した。
「ナラカッシ……ああ、彼のことですか。よくない評判ですか? 学校では、真面目に勉強しているみたいでしたが。」
「ああ。ナラカッシが、この街でも、貧しい者達の暮らす地域に出入りしているというんで、真面目そうな彼のことだから、奉仕活動にでも通っているのだろうか、と最初は言っていたんだけどね。
しかし、貧民街で子供をみつくろっては、どこかに集めているのを見たという話が出てきたんだ。」
「みつくろう……?」
「それを聞いて、僕と別の級友とで様子を見たときには、路地にいた女の子に食事を与えて、別の建物に連れて行くところだった。」
「それって……。」
「君みたいに清浄な場で暮らしてきた人間には想像もできないかもしれないが、帝国の中でも、モノ同然に扱われる子供達はいる。
そんな子供たちは、確かにお金になるかもしれないし、食べものを求めて、取引に応じる子供もいるかもしれないが……。」
スミは、静かに心のうちに怒りをたたえていた。
夢魔の一族を名乗っておいて、何をしているのか。
「それは……捨て置けませんね。」
「君は、確か修道院のようなところで育ったのだろう。許し難く思うかも知れないが、人の世には正義や理屈だけでは解決できない矛盾もある。あまり、突き詰めて考えすぎるなよ。」
「はい。まずは、事実を確かめたいと思います。」
「……それから、一人で貧民街に行こうなんて考えるんじゃないぞ。君のその姿形からしたら、何人かの護衛を連れていくべきだ。身代金の受け渡し役なんて、まっぴらだからね。」
「はい。そんな無茶は、しませんよ。」