モンクバッカの出立
モンクバッカが、野太い声で号令している。
「おい、てめぇら。今の話、聞いてたな。
俺は、このまま、この二人と同行する。黒の系統の力を示し、夢魔の一族のありがたみを、帝室にきっちりと教えてやる。」
「はい!」
連れの二人は、直立不動で話を聞いている。
元は強面の要員とも思えないが、モンクバッカの言い様に、何か感じるところがあったのだろうか。
「お前らは、家長のところで、一族から離れる面子を選び出せ。
他の都市に分かれて移住した連中にも、伝えてやらなきゃならねぇ。
夢魔の一族であることを捨てられるなら、ここで静かに暮らしていく途があるってな。
詳しい段取りは、このイーオットさんと詰めてくれ。」
モンクバッカが、イーオットに頭を下げる。
「俺は、こんなだが、夢魔の一族の多くは、大人しくて忍耐強くて、まあ、そのせいであんな婆ぁに長い間支配されても反抗もしてねぇわけだけど、とにかく、悪い奴らじゃねぇんだ。
魔道具や精霊にさえ近づかないで済めば、きっと問題も起こさねぇ。
どうか、よろしく頼む。」
イーオットは、微笑みながらうなずいている。
「私から、言い出したことですよ。
それに、二人の力だけでは、作れる作物も、建物の管理も、手が回らなくて困っていたんです。
真面目に働いてくださる人々が移住してくるのなら、歓迎しますとも。」
シュッツコイ達三人が出立し、夢魔の者達も、モンクバッカとイーオットの伝言を携えて、家長の元へと向かった。
客人達が去り、静けさを取り戻した管理棟の前で、ムクチウスが、珍しく口を開く。
「イーオット、あれで良かったのか。」
「うーん、シュッツコイの提案は、ちょっと想定外でしたけどね。
僕らとイジュワールの因縁を知った後、彼らの反応が心配と言えば心配ですか……。」
「敵視されることも、あるぞ。かつてのように、面倒なことに、ならないか。」
「ま、そうは言っても、夢魔の一族の生活基盤を僕らが壊しちゃったことは間違いないですし。
過去に僕が苦しめられたからといって、今のあの人々までその罪を背負わせる気にはなりません。
何も知らない子供や力のない人々が苦しんでいるのは、僕の望むところではないですよ。
そして、ここに住む人々と、それ以外の人々の絆を断ち切る権利も、僕らにはないでしょう。」
「分かった。イーオットがいいと言うなら、それでいい。」
「ムクチウスは、どうなんですか。受け入れれば、人が増えて騒がしくなりますが。」
「別に、いい。コーダのおかげで、にぎやかなのも、悪くないと知った。」
「ふふ、コーダは、不思議な少年ですね。
少年と言えば、あんなに小さかった子どもが、今では私よりも、こんなに大きくなってしまって。」
イーオットが、手で腰のあたりを示したあと、そっと手を伸ばしてムクチウスの頬に手を添える。
「さすがにもう何年も、背は伸びていない。」
子ども扱いされてちょっと拗ねてみせるような、ムクチウス。
それを眺めるイーオットの目つきは柔らかく、幼い子を見守る兄や父のようであった。
「さて、あの慎重派の夢魔の一族が重い腰を上げたとなれば、あれやこれやと事態が動き出すでしょう。ミステレンに、お知らせしておかなければなりませんね。」
管理棟の中に向かうイーオットの表情は、その端正に整った若々しい顔とは裏腹に、どことなく老人を思わせる翳を宿すものであった。