シュッツコイの提案
地上に戻ったモンクバッカ達は、庭園の東屋に追加されたイスに座って、ムクチウスの用意した温かい食事をむさぼっていた。
「俺達の状況は、今言ったようなもんだ。ニングルムの仕事をしてた連中は、いきなり連絡も給金もなくなって、手元の金も使い果たしちまって、その日を暮らすのがやっとのあり様だ。お前さんがこんな贅沢なものを食って優雅にお茶飲んでる間にな。」
「……その飯はここの人間が用意したもので、俺達とは関係ない。俺達も、今日初めてここに来たのだ。」
「それで。聞きたいことはそれだけかよ。」
「こっちの状況も、教えておこう。
帝室では、ニングルムの一部が離反して魔王の側についたのではないかって話になっている。俺とて、責任を取るために首が飛んでいてもおかしくなかったのだ。こうして出歩いていられるのも、それを調べて回ってるからだ。」
「魔王の? 一体、なんの話をしてやがる。」
「勇者の遺物の魔道具が、何者かによって破壊された。イジュワール様の力の消滅も、それと関係がないとは思えん。他にも、いろいろと異状が確認されている。何かが起こっているのは、間違いない。」
「だからどうした。それを調べるのが、帝室の仕事なんだろ? ニングルムはもう消えちまったも同然かもしれんが。」
「モンクバッカ、心当たりはないか。このまま犯人が見つからなければ、黒の系統の力を持つ者が、今まで以上に危険視されて、最悪、手当たり次第に取り締まられることになる。」
「なん……だって? これまでだって、俺達はさんざか腹立たしい仕打ちをされてきた。魔道具を使えない者は、この国じゃ仕事もなかなか見つからねぇ。
結局、黒の系統の力を持つ者は、あの婆ぁに従うしかなかった。
ニングルムでお前はどうだったかしらねぇが、夢魔の一族は、幼い頃から婆ぁに支配されてた。
表立って反抗的な態度を取れば、術式を埋め込まれて、身体まで操作されるようになっちまう。」
「それなら、今は自由の身を手に入れたってわけか?」
「さっきも言ったろ。そんな簡単な話じゃねぇ。悔しいことに、支配されつつ、養われていたってのも事実なんだよ。婆ぁがいなけりゃ、俺達はごろつき交じりのただの難民みてぇなもんだ……。」
イーオットが、静かに手を挙げる。
皆の視線が集まるのを待って、語り始める。
「あなた方が、夢魔の一族としての誇りを捨てられるならば、ある程度の人数を、この土地に受け入れる準備があります。」
「……受け容れる準備がある? ……いや、その前に、誇りを捨てるってのはどういうことだ。」
「一つに、黒の系統の術を、使わないようにすること。
もう一つ。イジュワールによる支配を、否定すること。
この二つです。」
「黒の系統の術を、使わない……だと?」
「そうです。
その代わりと言っては何ですが、この土地では、建物でも農園でも、基本的に魔道具を使わず暮らしています。
その生活の仕方に従うならば、精霊術がうまく扱えない方でも、帝国の普通の町や村よりは過ごしやすいでしょう。」
「……夢魔の一族の者を、普通の人間として受け入れるってのか?」
「夢魔の一族という身分を、捨ててもらうのです。でなければ、帝室の監視は避けられない。」
モンクバッカの連れ達は、激高する。
「夢魔の一族を、消滅させるつもりか……!?」
「そうは言っていません。ここで静かに暮らそうという人間ならば、受け容れる。
あとの方々が、どこで何をしようが、一切関係ない。
そういうことですよ。」
シュッツコイも、驚いた顔で確認する。
「黒の系統の力が強い者は、ニングルムの後継となる新しい組織で、雇い入れるつもりだった。そうでない者は、こちらで静かに暮らす。二手に分かれるという提案になるな。」
「そうです。ただし、中途半端に行き来されては、そちらの活動に、この地やその方々が巻き込まれる可能性があります。預かるからには、縁を切っていただきたい。」
「一族を分断し、二度と会えぬというのか……。」
さすがのモンクバッカも、神妙な顔つきで思案している。
そこへ、シュッツコイが提案してみせる。
「そうでもなかろう。外で活動する連中が、夢魔の一族や黒の系統の力が危険なものではないと示せれば、帝室との交渉の余地はあるのではないか。
もっと言えば、魔王の情報など、手土産があればなお良かろうがな。」
「てぇことは、あれか。」
「そうだ。俺とミツルギの仕事を、手伝えってことさ。」