這い上がる者
イーオットは、手にしていた杖をいつの間にかしまって、再び執事然とした雰囲気に戻っていた。
「ま、そういうことです。彼らは今頃、ぬるぬるの泥粘土に埋もれているでしょうが、命には別条はありません。
シュッツコイ様は、こちらの方々を、ご存知だったので?」
「知り合いってわけじゃあ、ないがな。」
シュッツコイは、穴の縁に立って下に向かって叫ぶ。
「おい、夢魔の一族の者たちよ。悪いようにはせんから、投降しろ。俺は、ニングルムの元部隊長、シュッツコイだ。」
一瞬の間があってから、元気な大声が反響しながら返ってきた。
「に、ニングルムの、部隊長だとぉ!? こんなところで、何をしてやがった!」
「聞きたいことが色々あって、お前達を探していた。」
「監禁して尋問でもしようってのか!? このくそ野郎も、てめえの手下か!?」
「いや、それはどちらも違うぞ。
……お前たちが、いきなり無茶を言うから、無力化しただけだろう。庭を荒らしたのに、痛めつけられなかっただけ、マシと思え。
さっき撒いた粉のせいで、精霊の力を乱されるんだろう? そう簡単には、脱出できんぞ。
強情張ってないで、まずは話を聞け。」
「話を、聞けだとぉ!? てめえが言うなぁ!」
「いちいち文句の多い奴だな……」
やかましく、しばらくの間やり取りがあったものの、とりあえず対話のテーブルにつくことにはモンクバッカ達も応じた。
「そろそろ、先ほどの阻害の粉末も舞っていないでしょう。飛べるんじゃないですか。」
イーオットが口にする。
「お、ああ。浮くことぐらいは、できるようだ……。」
「一体、どういう粉末なのだ? 破精術が込められているわけでも、なさそうだが……」
「お前ら、ちっとは反省してんのか。こんなしょうもない手でやられたんだぞ。」
相変わらず、モンクバッカは連れの二人を叱りつけていた。
「自分も一緒に落ちたわりには、他人に厳しいのですね。」
「うるせぇ! 俺達のことに、口出しすんじゃねぇ!」
ミツルギが、やや不思議そうにイーオットに尋ねる。
「イーオット殿は、我々には紳士的なのに、どうしてこの連中にはそう突っかかるのだ。」
「いやぁ、お恥ずかしい。夢魔の一族と言えば、イジュワールの手下ですからね。あのお婆さんには、私たちも結構ひどい目に遭わされていたので、つい。」
「つい……?」
「つい、八つ当たりを。」
「八つ当たりなのか……」
「八つ当たりなのかよ!?」
ミツルギのつぶやきに重なるように、穴の中からも声が響いてきた。
シュッツコイが、眉尻を下げて問いかける。
「……ちなみに、俺は、ニングルムの部隊長だった男なんだが……」
「ああ、シュッツコイ様は、イジュワールの指示に従っただけなのでしょう?」
「扱いが、えらく違うじゃねーか、おい!!」
ようやく、穴の縁まで這いあがってきたモンクバッカである。
残りの二人も、泥まみれにはなっているものの、何とか脱出してきている。
「他人の家の庭に、土足で踏み込むような人間を歓待するわけないじゃないですか。」
イーオットは、言いながら、何かの術を発動させる。
白い湯気のようなものが三人を包み込み、小さな渦のように流れ始める。
「お、おぃ! なんだこれは!」
「ただの湯洗いですよ。泥で、庭を汚されては困りますからね。」
シュッツコイも、諦めたように、声を掛ける。
「さっきも言ったが、冷水じゃないだけ、マシだと思っておけよ。」
イーオットのサービスは、温風による乾燥までおまけされたものであったが、モンクバッカの機嫌はあまり改善されないのであった。
「で、何の話を聞けっつうんだよ。」
サブタイトル的なものをつけてみました。
また取ってしまうかもしれません。