夢魔の正体
「さて、取引の続きをいたそうか。」
ミツルギが、一杯目のお茶を飲み干して、口にする。
イーオットも、イスに腰かけ、ミツルギと向かい合う。
「夢魔の一族の、ことでしたか。
私も多くは知りませんが、何をお聞きになりたいのでしょう。」
「夢魔の一族とは、そもそも何者なのだ。風穴の管理者を、代々務めてきたと聞いているが。」
「ふうむ。それは、少しばかり大きすぎる質問ですね。何かを問う時は、もう少し、小さく、小さく。
ミツルギ様、あなたは大きな力の流れの中にありますが、ほんの小さな水の流れでも、岩を穿つ力があるのです。」
「う。イーオット殿も、シュッツコイと同じようなことを、言うのだな。」
「ふふ。そういえば、あなたのお師匠様は、どんなことをおっしゃったのですか。」
「私の師匠か?
そうだな…… 修行を始めるにあたって、こんなことを言っていた。
……お前には小手先の技や術は要らぬ、ただひたすらに励め。
『レベルを上げて物理で殴る。』
それが、お前の目指すべき途だと。」
「……それはひどい。」
「なんだそりゃ……」
目の前の二人が、ほぼ同時に呟いていたが、回想にふけっていたミツルギは、聞き漏らしている。
「師匠は、私を魔剣のもとに導いてくれた。そして、修行の末に、私は大きな力を扱えるようになった。それだけではない。師匠は、力を持つ者が、孤独の中にも力におぼれず生きるための、心の持ちようについても、その背中をもって示してくださったのだ。」
「ほう……。一体どのような人物なのか、ますます興味が湧きます。
そのような人物につないでいただこうと思えば、情報を出し惜しみしている場合ではありませんね。
分かりました。それでは、私の知る限りのことを、語りましょう。
ちょうど、果物も参りました。よろしければ、どうぞ。
少々長いお話に、なりますから。」
ムクチウスと呼ばれた男が、のっそりとお盆を持ってやってきた。
皿に盛られた果物たちは、美しく飾り切りが施され、甘い香りを漂わせていた。
ミツルギはもっぱら果物を物色し、シュッツコイがイーオットに相槌を打つ役回りだ。
「あなた方は、かつての勇者の術をご存知ですか。」
「勇者の術……。勇者を生み出し、あるいは蘇生させたという、教会の秘術だな。」
「はい。勇者の術の本質は、人体の魔道具化。肉体の限界をはるかに超えて強化したり、魔素でその肉体を再生することを可能にしました。その勇者の術を極めたある一人の勇者が、さらに禁忌とも言える一歩を踏み出しました。」
「禁忌…… 勇者以上の存在になろうとした、ということか。」
「ある意味では、そうです。
その時代、魔王討伐戦争時代を生き延びた多数の勇者は、その力の強さから、人間社会にとって、害のある存在とされつつありました。
勇者は、老いることがありません。
その肉体が破壊されても、完全な死ではなく、本当に命を絶つには、今は失われたとされる別の秘術が必要だったそうです。その秘術に、黒の系統の力が関わっていたのだとか。」
「うむ……」
シュッツコイは、この男がどこまでのことを知っているのか、思いを巡らせている。
フォークをつまんでさまよっていたミツルギの手も、止まる。
表情は、誰かのことを想うかのように、少し翳りを帯びている。
口には、いくつもの果実の欠片をほおばっていたが。
「多くの勇者は、強制的に、あるいは自ら望んでその秘術で消去され、さもなくば、帝国の監視や追及を逃れて身を隠していきました。
ですが、その中で、一人だけ、帝国と戦うのではなく、禁忌の術によって帝国そのものに食い込んでいった者がいたのです。」