管理棟にて
シュッツコイとミツルギは、草地の泉のほとりで、馬に水を飲ませていた。
ミツルギが、水辺を渡ってくる風に気持ちよさそうな顔をしている。
「風穴は、このあたりなのだろう? このような泉のことは、聞いていないな。」
シュッツコイは、軽く探知を広げている。
「不思議な泉だ。……静かすぎる。大地からの精霊の力を、ほとんど感じない。
水源は、湧き水か? 澄みすぎて、生き物が棲むには向かないか。
それにしても、洞窟のようなものは、見当たらないな。」
「穴と名が付いているからといって、目に見えるとは限るまい。
修行の折に、岩壁の奥の道を進んだことがあった。遠目にはほんの小さな割れ目の影にしか見えないのに、近づいて下から見上げると大きな空間になっていた。」
「ほう。コルダ殿が案内する修行だけのことはあるな。わずかな期間で、多様な経験を積んだということか。」
「うむ。私も、最初は行き当たりばったりに遊んでいるのかと思ってしまったが、後から思えば、出来得る限り多くの環境や状況を、私に見せようとしたのだろう。」
ミツルギは、話しながら近場の岩の上にトントンと登ると、頂上で少し腰を落とし、そこからさらに、無造作に跳び上がる。
単にジャンプしているだけだが、四、五メートルは上がっているだろう。
空中で少しキョロキョロとしたのち、軽やかとは言えない勢いで着地し、シュッツコイに丘の向こうを指さしてみせる。
「あちらにあった建物が、言われていた管理棟ではあるまいか。」
二人は、馬を引き、そちらに向けて歩いていく。
丘を上がると、建物が見えてくる。
「ああ、言われていた特徴と似ているな。」
そのまま、二人と二頭は建物に近づいていく。
管理棟には、一般の運搬業者等も訪れるので、危険な建物ではないはずだ。
シュッツコイが、管理棟のドアをノックする。
「どなたかな。」
声が聞こえるが、ドアの向こうからではない。
精霊術による伝播か。
「私は、帝都から参ったシュッツコイという。風穴の管理者に、お会いしたい。」
「ふむ。風穴は、もはや魔道具の受け入れを行っていない。聞いていないか?」
落ち着いた、男の声。
「聞いている。用があるのは、風穴ではなく、管理者の方だ。……夢魔の一族の者に、会いに来た。」
「ふむふむ。何も知らぬわけでは、ないと。だが、夢魔の一族に連なる者も、もうここにはいない。」
「そうなのか? すると、あなたは何者なのだろうか。」
「私か? この建物を預かった、一介の精霊術師に過ぎぬよ。」
「建物は引き継いだが、風穴の管理者ではないということか?」
「管理者だった夢魔の一族に連なる者から、伝言を預かっている。風穴の精霊は、風穴の役目は終わったと告げて去った。今はもう、風穴の力は失われ、抜け殻となった泉が残っているだけだ。
来訪者に、そう伝えることになっている。」
「風穴の精霊が去った? どういうことだろうか。」
「私には、それを語ることはできない。」
「では、その夢魔の一族に連なる者は、どこへ行ったかご存知ないか。」
「それも、語ることはできない。」
シュッツコイとミツルギは、顔を見合わせる。
今度は、ミツルギが、口を開く。
「その夢魔の一族に連なる者は、困っていた様子はなかったか。」
「……困って? ……ふぅむ。戸惑いはしていたが、困っていたとは、言えなかったか。」
淡々と語っていた先ほどと比べて、少し思案の気配がある。
ミツルギが重ねる。
「正直に言おう。私たちは、黒の系統の力を持つ者を探している。それに、困っている者達がいれば、助けたいとも、考えている。」
「ふぅむ、ふぅむ……。
どうやら、あなた達は、今までにやってきたお客さんたちとは、少し目当てが違うようですね。
おや……、お嬢さん、あなたの剣に巻かれた布。そちらも、少し、見せていただきたい。
お時間があるようならば、お茶を、飲んでいかれませんか?」
「うむ。あてのある旅ではない。喜んで、立ち寄らせて頂こう。」
「それでは、裏手の工房へ、どうぞ。」
言葉とともに、フッと何かが緩められた気配がある。
「ほう、大した封路の術だ。」
シュッツコイが、讃えているのだから、相当なものだろう。
「結界か?」
「うむ。押し通ろうとしても、たどり着けない類の仕掛けがあったようだ。」
「ふふふ、敵意を持ったまま入ろうとしたら、痛い目に遭うところでしたよ。
さ、お茶会へ、どうぞ。私は、イーオットと申します。」