夢魔の一族の途
家長が、眉間にしわを寄せて口にする。
「犯罪組織でもやろうというのか。我らは、夢魔の一族ぞ。」
息をのんで固まっていた周囲の者も、家長の言葉に追従する。
「そ、そうだ。我々の、歴史と名誉はどうなる!」
「夢魔の名を汚す気か!」
「イジュワール様の、恩義を忘れたか!」
はぁー、と、モンクバッカは長い息を漏らす。
辺りに、酒のにおいが漂った。
「歴史、名誉だと? ニングルムが潰れて、イジュワールの婆ぁが消えちまったあと、そんなもん、誰が知ってるっつうんだ。
夢魔の一族がどれほど帝国の平和に貢献してきたか、明日から、吟遊詩人よろしく街々で歌って聞かせるか? ちまたに伝わる勇者の逸話と、どんだけの違いがある。」
「ご、五精家のように、勇者の一族を起源として帝国の機構に組み込まれる場合だってある。あらためて、帝室に掛け合って、我らの功績を評価してもらってはどうなのだ。」
「分かってねえな。確かに五精家は勇者が起源かもしれねぇが、今でも直接帝室に養われてるような勇者は、いねぇんだよ。帝室が養ってるとしたら、それは『帝国のために働いた勇者たちは偉かった』っつう美談そのものでしかないだろうよ。」
「それでは、我らは切り捨てられると……?」
「そいつは、俺達があの婆ぁ抜きで、どれだけの力を持ってるのかっつうことだな。
逆に言えば、力を示せなければ、これ幸いと、奴らは俺達を潰しにかかるかもしれん。」
「排除……なぜだ! なぜ我らが……」
「力もなく、役にも立たんのに、帝室の裏を知りすぎている。そんな連中を、いつまでも、放置しておくと思うか。」
モンクバッカの声には、粗暴さを上回る、冷酷な響きが含まれていた。
家長が、目をつむっていた。
「モンクバッカ…… ほんの一握りでもよいから、お前に他者の気持ちを慮る人徳があれば、儂はとうの昔に隠居できておったろうに。」
「ほう。今すぐ隠居する気になったか?」
「儂の目の黒い内は、儂のやり方で進めさせてもらおう。
が、我ら夢魔の一族は、帝室に力を認めさせねばならんのは確かだ。」
家長が、その場の一族の者達の方をぐるりと眺める。
「イジュワール様の不在の状況にあって、我らに何ができるのか、か。
今は力を合わせて動くときだが、モンクバッカよ、独断専行せぬと誓えるならば、お前は大きな戦力となる。
そこはどうなのだ。」
「ふはは、腰抜け連中がちゃんと立ち上がれるってんなら、俺が尻を蹴り飛ばすまでもない。あんたの指示に従うさ。」
「して。何か考えもあるのじゃろう。」
「ああ。まずは、資金をなんとかしねぇとな。俺の提案は、こうだ。
風穴を、ぶち破る。」
「な……、風穴を?」
「そうだ。風穴は、魔道具の受け入れを停止しているらしい。あの婆ぁの不在と同じ時期からだ。風穴の機能も、失われてんだろう。だとすりゃ、俺達が、中の魔道具を持ち出すことだって不可能じゃないはずだ。」
「風穴の魔道具は、いずれも扱いに困って回収されたもの。今さら運び出したとて、金に換えることは難しかろう。」
「それよ。帝都で、魔道兵器と引き換えに精霊石を提供するって取引が行われている。」
「魔道兵器と引き換えに、精霊石を……? どういうことじゃ。」
「平和のための歩みとか何とかいうらしいが、詳しい話は後でしてやる。
貴族の一人と、渡りも付けてある。
要は、魔道兵器をそいつのところに持ち込めば、そいつは精霊石を手に入れ、俺達は取り分として現金を受け取るって段取りだ。」
「ふうむ。今、風穴を管理しているのは誰じゃったか。」
脇に控えていた者の一人が、進み出て答える。
「は、セキターンの娘、スミが番を務めていた筈です。」
「スミとの連絡はどうなっておる。」
「それが……、現在の行方は、分かりませぬ。」
「では、風穴はどうなっておるのだ。」
「は、それも、不明です。」
モンクバッカが、そこで声を上げる。
「それなら、かえって話は早いじゃねぇか。行って、見て、ぶっ叩いて、持ち帰る。以上だ。」
「……よかろう。いずれにせよ、風穴の様子は確認せねばなるまい。状況によっては、風穴に施された封を破る必要もあろう。その手の破精術に長けた者を選んで、連れてゆけ。
モンクバッカ、皆の者、難しい状況じゃ。まずは慎重な行動を頼むぞ。」
夢魔の一族は、自らの存続の途を切り拓くべく、活動を開始したのであった。