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モンクバッカの煽動

小さな町の、何の変哲もない古びた集会所。


しかし、注意深い術者が探知を行ったならば、幾重にも重ねて展開された警護と隠蔽の術式の痕跡に、あるいは気づくかもしれない。

そして、今その集会所の入り口の戸をくぐった男が、ごろつきのような粗暴な装いをしていながら、そぶりも見せずに術式に対応していったことも。


「家長!」


ごろつきのような男が、中にいた数人の町人に、声を掛ける。

日常的に人を怒鳴りつけている人間に特有の、がなり立てるような潰れた声。

二メートルを超える大男に、頭の上から罵声を浴びせられれば、普通の町人など目を合わせることも難しかろう。


「おお、モンクバッカ! 無事であったか。」


家長と呼ばれた老人は、かなり老いてなお、力強い眼の光を宿している。

だが、その声には、疲労の気配が漂っていた。


「何が無事なものか。さんざんな目にあっておるわ。」


「まさか、襲撃があったのか?」


「襲撃か。似たようなものだな。」


「どういうことじゃ。」


「飲み屋から娼館から、寄ってたかってツケを払えと蠅のようにうるさくたかってきやがった。

何人かぶん殴ってやったら、大人しく帰っていったけどな。

衛兵を呼びにいったんだろうな。面倒だから街を出て、まあぶらぶらしてるうちにこの辺りにたどり着いて、ここを思い出したって寸法さ。」


「……お前のところでも、イジュワール様の声が聞こえぬか。」


「は! さっぱり消えちまって、音沙汰もなしさ。あの婆ぁめ、とうとう往生したか。」


立ち会っていた他の町人が、血相を変えて叱りつける。

町人をよそってはいるが、彼らも夢魔の一族の一員であった。


「モンクバッカ!!」

「貴様、何という口を!」 

「このような時だぞ! 少しは場を弁えろ!!」


「ふん。こんなときだから、ようやく大声で口に出せるってもんだろ。」


「何を言って……、掟の呪式も、力を失ったということか。」


「はっはっはー。そういうこった。つーまーり、俺もお前らも、晴れて()()ってことだ。」


モンクバッカと呼ばれた大男は、いやらしい笑顔で町人たちのもとへ歩み寄り、身を縮めているその肩をに手を置いて酒臭い息を吹き付ける。


「そうだよ。俺は、あの婆ぁのふざけた呪いから、ようやく解放されたんだよ。

と、いうわけで、口の利き方には、気を付けろよぉ? うっかりして、踏みつぶしちまうといけねぇからなぁ。」


「やめんか、モンクバッカ。」


たしなめる家長に対しても、モンクバッカは挑戦的な目を剥けたままニヤニヤとしているだけだ。

家長が、少し目を細めて問いただす。


「お主、どういうつもりじゃ。」


「なあに、俺なりに、この一族の未来について考えてみたのさ。」


「言ってみよ。」


「ここに来る途中、いくつかのそこそこ大きな街に立ち寄ったけどよ、門でも街中でも素通りさ。手配書も、機能してねぇ。このありさまじゃあ、ふつうの犯罪者に対しても、帝国の機能はかなり失われてんだろ。」


「そうであろうな。混乱は、あちこちで見て取れる。まだ大きな紛争は起こっておらぬが、山賊や裏組織の類は、幅を利かせておろう。」


黒の破精部隊(ニングルム)も、もう終わりだろ。帝都の方じゃお偉方がまだ何かゴチャゴチャとやってんのかもしれねぇが、少なくとも、俺達を縛ることはできなくなってる。

復旧っつったって、前までの活動の仕方が、イジュワールの婆ぁ抜きで、成り立つわけがねぇ。あんだけの力を魔道具で置き換えようと思ったら、百や二百じゃ済まねぇぜ。」


口は悪いが、的を射た意見だ。

皆も思ってはいるが、口に出せずにいたとも言える。

苦々しい顔つきではあるが、遮る者はいない。


「金も命令も降りてこないんじゃ、これを機会に縁を切って、俺達は俺達で、独自に動くようになった方がいいんじゃねぇか、ってことさ。」


沈黙が、その場を支配していた。




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