シュッツコイの懺悔
シュッツコイは、小さな焚き火を前に、胡坐をかいて薄めた酒をすすっていた。
街道の脇の、開けた草地。
背後には、大きな天幕が淡く輝いており、あたりには魔物の気配はない。
「人里離れた夜の野だというのに、静かなものだな。」
常の旅ならば、魔道灯や警鐘の魔道具を配置し、交代で見張りを立てる。
街道付近で大物の魔物はまず見ないとはいえ、小物の獣といえども侮れば大怪我をする。
一頭の馬を失うだけでも、旅程は遅れる。
番を終えた眠りの中でも、どこか遠く、夢うつつの中にも獣の声を聞いていたものだった。
ミツルギの言葉が、脳裏によみがえる。
「この魔剣は、魔素を食らう。魔物は、餌だ。それを知っているから、鼻の利く魔物は寄り付かぬ。
修業で狩りをしているときには、その殺気を消すために苦労していた。」
そんなわけで、シュッツコイは、番をしているわけではなく、ぼんやりと、まだ山の端に上がったばかりの月を眺めているだけだ。
共に旅をしていると、時おりあふれ出る強大な魔力の気配に圧倒される。
「魔剣に巻き付けたこの布は、魔力を遮断する結晶の欠片を織り込んだものだ。私のために、ある術師が作ってくれた。」
ミツルギは、そう語っていたが、不気味な魔虫に不意に出会ったときなどに自分自身から立ち上る、暴威ともいえる圧については意識していないようだった。
「あれだけの力を持ちながら、のんきなもんだぜ。」
厄介者扱いされてきたことへの鬱屈した想いを抱くこともなく、力を持ったからといって、復讐や力の誇示に走るわけではない。
シュッツコイはミツルギのことを、素直で前向きな少女だと捉えていたが、実のところ、シュッツコイとの会話がそのガス抜きになっていたことには気づかずにいた。
自分自身のことに、想いが巡る。
突如としてニングルムの魔道通信網が切断され、全ての組織的機能が麻痺してから、そろそろふた月になる。
隊内の連絡手段も、回復していない。
帝都に暮らし、直接顔をつないでいた者は、形を変えて雇い入れているが、連絡のつかぬ者はどうしようもない。
魔道通信網やそれを利用した仕組みは、ニングルムに限らず、帝都のあらゆる分野にわたって浸透していた。
イジュワールの不在とともに壊れた仕組みもあれば、仕組みは無事でも権限がないため作動しないものもある。
ニングルムでは、給金の処理さえ、イジュワールの力なき今は、一から手作業となっている。連絡のついていない者には、支払われていないということだ。
生活に窮した者達は、別の収入を求めて独自に行動し始めるはずで、連絡は、ますますつきにくくなっているだろう。
不満や、恨みを抱いている者もいるに違いない。
元々弱い黒の系統の力しか持っておらず、他の職業と兼ねて暮らしていたような者達は、まだよい。
黒の系統の力は、無断で使えば厳しく処断されるものではあったが、使わずとも暮らしに影響の大きいものではない。
だが、力の強い者、特に戦闘や武力工作に特化していた者達は。
資金供給さえ絶たれた現状を、どうしているのか。
「何が、部隊長だ……。」
帝室のもとで任務に就くようになってから、それなりに忙しく働きまわっていた。
第二会場が組織されてからも、日々の業務をこなしてはいる。
だが、自分はともかく、ニングルムの隊員たちは、いまだに途方に暮れている者も多かろう。
余裕のある時間を得て、むしろ無力感の湧きおこるシュッツコイであった。
「ふ。どこにいるかも、顔も名も分からぬ者達のために、どう懺悔するというのだろうな。」
その頃、ニングルムに属していた者たちは――