土精家のように
「困ったことに、なりましたな。」
水精家のご当主は、涼やかな表情のまま、おっしゃいます。
あれ? 何か足りなかったでしょうか?
想いを巡らせる僕の脇で、リュシーナさまが言います。
「お父様。かくなるうえは、一時的にせよ、ボタクリエ商会を通じて帝室への忠誠を示すべきではありませんか。」
「そうだな。魔杖の力がお前のものとなったのならば、是非もない。何事もなくお前を家に置いておくわけには、いかぬだろう。」
え? なんでしょう?
リュシーナさまが、家を出される?
継承者なのに?
でも、なんか二人とも全然困った風にも見えませんけど。
「というわけで、コルダ殿、ボタクリエ商会の方で、話を付けていただきたい。頼めるかな。」
何を? この父娘は、とにかく説明が足りないと思います。
「お恥ずかしいのですが、お話についていけていないようです。私めに、何をお望みでしょうか。」
「そうなのかい? ふうむ。まあ、そういうことにしておこうか。
平和のための歩みで供出することになっていた魔杖が、その力を取り戻した。おまけに、誉れ高きわが娘が、それを手にしたという。」
あ、そうでした。
……軍縮会議の最中に、武装強化してたってことですよ!
「このままでは、平和のための歩みから離脱したと、取られかねまい。催しを主宰し、魔剣の使い手を帝室に差し出した土精家に対しても、面子をつぶすことにもなろう。」
「は、はあ。」
確かに、土精家と比べられると、説明が難しいですね。
「この娘には、やがて戻ってもらわねば困るが、当分の間、帝室のために働いて、忠義の姿勢を示しておくのがよかろう。コルダ殿には、商会に、その辺りの段取りをつけていただけると助かると、こういうわけだ。」
「帝室に、忠義の姿勢を示すのですか。うーん、どんな働きをしたら、いいんでしょうね……。」
リュシーナさまが、ポツリと語ります。
「貴族家間のバランスという意味では、土精家の魔剣士と同じように勤めればよいのではありませんか。」
「私も、ミツルギ様がどのような任務に就いているかは、存じませんが……」
ご当主が、にこやかながら揺るがない意志の光を秘めた瞳で、僕を見つめてきます。
両肩に、ぽん、と手が置かれました。
「そこは、帝室の側で差配するところであろう。商会は、帝室につないでいただければよいのだよ。土精家の娘と同じように扱ってもらえばよい、と。」
な、なんでしょうね、お話の流れが、もうすでに決定事項のような雰囲気なのは……。
「わ、分かりました……。掛け合って、みましょう……」
水精家から出ると、外はもう夕暮れです。
宿に向かうと、食堂で麦酒をあおっているアラクレイが目に入りました。
「おう、コルダ。当分帰ってこないかと思ってたぜ。」
「なんでですか。屋敷は杖を調べに行っただけですよ。」
「んで。ほんとに調べただけで終わったのか?」
「……いろいろありまして、リュシーナさまを、商会経由で帝室に派遣することになりました……。」
「……俺の言った通りじゃねえか。」
「違いますよ。修行じゃありません。」
「修行じゃないのか?」
「……もうすでに強いので、修行じゃありませんよ。」
「もうすでに、魔杖を従えたってのか。じゃあ、なんで連れ出すんだ?」
「そこはそれ、土精家とのバランスと言いますか……」
「魔剣の使い手が帝室に仕えるなら、魔杖の主もってことか?
それなら、あと三つの家だって、なんだか手当てが要るんじゃねえか?」
「……知りませんよ、そんなこと。」
ぐったりとしてテーブルに突っ伏した僕のために、アラクレイはてんこ盛りの串焼き肉を注文してくれたのでした。
「考えたってしょうがねぇ。肉食え、肉! あと、ねえちゃん、酒もお代わりだ! 急ぎでな!」
やれやれ……