魔杖の継承
コーダ様は、なにやら独り言をしばらく呟いていたかと思うと、うなずいて、こちらに深々と礼をしてきます。
きっと、何か素晴らしい術で、あの日の手品のように鮮やかに、私を驚かせてくれるのでしょう。
「リュシーナさまのお覚悟、承りました。」
……お覚悟?
「これより、僕が、魔杖の主導権を、元々の精霊から引き剥がし、ヴァイオラに引き渡します。ただし、ヴァイオラの力だけでは、おそらく中の『災厄』を封じることはできません。」
「ど、どうするの……?」
「ここに、ある特別な精霊石が、ございます。これを、リュシーナさまに進呈します。ヴァイオラの副石として、重付してください。」
「特別な、石……?」
「太古の魔道装甲を制御していた、精霊の石です。」
「太古の魔道装甲……? それは、凄いものなの……?」
「今では考えられませんが、動く機体に、融合魔石炉を搭載していました。」
「ゆうごうませきろ……、そんな、融合魔石を、魔道装甲の、動力としていたってこと!?」
「僕も、驚きましたけどね。意思は持たない精霊なので、ヴァイオラにも従うはずです。ただし、元の杖の精霊から制御を移した直後、『災厄』の動きには最大限の注意が必要でしょう。」
コーダ様。ちょっと、何を言っているのか分かりません。
「ヴァイオラが主導権を握ったら、次は、リュシーナさま、あなたの番です。しっかりと手綱を握っていってください。人間の世界の、存続に関わるほどの力です。決して、暴走させないように。」
え、えと。えと。
なんで、私が力を手に入れるって話になってるんですか?
「リュシーナさま。あなたの見せてくださったご覚悟が、僕の目を覚ましてくれました。
大いなる力をもてあそぶ資格など、僕にはありませんでした。
リュシーナさま。力を、お持ちください。」
コーダ様から、大きな精霊石を渡されました。ほのかな燐光が、筋のように何条も走っています。
思わず、呟きます。
「綺麗……」
「さすが、落ち着いていらっしゃる。
僕なんて、緊張で心臓が破裂しそうですよ。
では。」
コーダ様が、私の手を取って魔杖を一緒に握ります。
お顔も、近い…… って、そんなことを考えている場合じゃないのですが!
何かをコーダ様が呟くと、杖の中で、魔力のうねりが起こりました。
杖の形と術式は残されたまま…… 急速に表に立ち上ってくるこの気配は……、ヴァイオラ!
「リュシーナ! ふ、封印が、バラバラになっちまう! こんなの、あたしの力じゃ、まとめられねぇよぉ!」
「え、ヴァイオラ……?」
「封印の壁が外れたので、意思の疎通も、しやすくなりましたね。
さ、その精霊石で、ヴァイオラを援けてあげてください。」
「は、はい……。」
光の筋を帯びた石を、杖にコツンと触れさせます。
「水鏡の御子の名において命ず。
ヴァイオラよ、この石の力を以て、封印の力を承継せよ。」
「あぁ!? なんだ、その精霊…… え、糸、光の糸がほどけて…… う、うわぁ、何だこの広がり!?」
「ヴァイオラよ、落ち着きなさい。その精霊は、お前の導きに従うはずよ。」
「あ、ああ。こうか。って、お、おぉ!? なんだ、凄まじい速さで、すべての知覚が…… あ、ああぁぁ!!」
ヴァイオラの叫びを聞きながら、コーダ様が、杖を握る手の力を、少しゆるめました。
「どうやら、うまくいったようですね。ヴァイオラさんは、驚いて素が出ちゃったみたいですけど。」
くすくすと、笑っている。
こちらは、何というか、立っているだけで精いっぱいです。
「さ、これで本当に、ヴァイオラが魔道具の中心となりました。つまり、魔杖の継承者が、リュシーナさまとなったということです。」
「は、はぁ。この魔杖には、どんな力があるの?」
「『災厄』は、魔素や精霊の力を食らいつくす、巨大な不定形の存在だったようです。ヴァイオラは、今ではその存在丸ごとを、力の貯蔵庫として扱えるようになりました。」
「つまり……?」
「この魔杖一振りで、百人の勇者に匹敵する魔力を溜めておけるということですよ。今の帝国で有数の使い手であるリュシーナさまが、無尽蔵に術を展開できるとなれば、そこらの軍勢など、吹雪の前のロウソクのようなものでしょうね。」