捜査員二人
シュッツコイとミツルギは、帝都の倉庫街にたたずんでいた。
二人とも、非番の騎士か衛兵といった雰囲気の装いである。
「ミツルギ、普段着で来いと言ったぞ?」
「これが普段着だ。シュッツコイ殿とて、似たようなものではないか。」
「一般市民として振る舞うのは……むしろ不自然ということか。」
「変装の話か? 女性らしくせよというなら、私とて、貴族の娘。実家に立ち寄れば、衣装は大量にあるぞ。舞踏会での振る舞いも、ウンザリするほど叩き込まれている。」
「……まあ、いい。偽りの身分については、おいおい考えておく。」
ミツルギの戦力は圧倒的なものだが、今の時点ではまだ出番はない。
今までに受けた訓練も、騎士見習いとしてものであって、非正規の工作活動などまったく未経験である。
工作員として期待されているわけではないが、シュッツコイの捜査に同行して、仕事をしながら最低限のことを学ぶこととなっている。
「ここが、例の倉庫の跡地だ。」
「見事なまでに、何もないな。」
「崩壊した倉庫は、ボタクリエ商会が撤去している。跡地の管理も、商会が行っているようだな。
一通りの調査は行われたが、破精術の痕跡が見られたということで、帝都の衛兵たちには手を引かせた。
公式発表では、古い魔道具の暴走による事故ということになっている。」
「巨大な建物さえ破壊する破精術……。それは、どれほどのものなのだ。」
「正直に言えば、破精部隊長だった俺でも、考えたこともないレベルだ。だが、ミツルギ、お前さんの力だって俺から見れば規格外だ。つまり、勇者や魔王に匹敵する力ということだろう。」
「破精術……黒の系統の力を、引き継いだ者がいるということか。」
「その可能性が高い。そいつを追うのが、俺達の任務ということになる。」
「何か、目星は付いているのか?」
「精霊に働きかけて動いてもらう精霊術に対して、破精術は精霊の力を奪い、時には消滅させる。
黒の系統の力は、他の精霊術とは異質なもので、訓練で身につくものではなく、使える者は生まれついて決まっている。
本人が知らぬうちに、周囲の精霊を乱すこともあるくらいでな。
おそらく、魔道具自体に、その力を与えられるものではないだろう。」
シュッツコイが少し遠い目をしながら語っている。
「となると、黒の系統の力を持っていた者を追うということか。」
「うむ。黒の系統の力を持つ人間は稀だが、特異な例として、生まれやすい血統があって、夢魔の一族と呼ばれている。夢魔の一族を探して、風穴に向かう予定だ。」
「風穴か。聞いたことがあるが、夢魔の一族と、何か関係があるのか。」
「ニングルムの大半の関係者は所在が不明だが、夢魔の一族は風穴の管理者を務めている。風穴は今、魔道具の引き受けを停止しているらしいが、管理者はいるだろう。」
「風穴にも、古の魔道兵器が収められているのだろうな。」
「見物できるようなものでもあるまいが、一体どのような施設なのか、興味は湧くところだな。
急な話だが、明日には出発する予定だ。午後は、支度にあてるといい。」
「分かった。支度といっても、修行から戻ったばかりで、荷物もほどいていない。すぐにでも、出られる。」
「もう一つ、倉庫と、その中の魔道具を破壊する直前に、黒の破精部隊の中枢を支えていた大精霊イジュワール様が、消滅している。イジュワール様の力は、帝都への出入りの管理にも用いられていた。今は、事実上管理が放棄された状態だ。攻撃と無関係ということは無いだろう。」
「では、帝都外の存在ということか。」
「そう、見せかけたいだけかもしれんがな。だが、偽装のためだけにイジュワール様とやりあうというのは、いくらなんでも労力と見合わないだろう。イジュワール様の存在が障害となるようなことを目指している、そう考えた方が自然だ。」
「そうなると、イジュワール様とやらが不在となった現在、何かが帝都で進行しているはずだと。」
「官房長官やソチモワール様が監視を強めてはいるが、まだ把握できていない。だが、我々に残された時間は、それほどないのかもしれん。」
「何もかも、つかみどころがない話ばかりだな。まるで、雲や幻を追っているかのようだ。」
「幽霊の、正体見たり枯れ尾花、か。そうなれば、むしろ幸いだが……。
雲が出てきたな。明日からは帝都を発って風穴に向かうが、嵐になるかもしれん。悪天候の野営は、経験があるか?」
「先日まで、野営を繰り返していたと言えば言えるが……」
魔剣の優雅な幕営機能にシュッツコイが絶句するのは、最初の夜のことだった。