調査の依頼
研究用の棟に移動し、頑丈そうな壁の一室でしばらく待ちます。
壁が対魔道障壁となっているようですね。
物騒な実験も、ここなら大丈夫というところでしょうか。
執事頭みずから、うやうやしく用意してくださったのは、金属でできた大きな丸皿のような器です。
「こちらが、水精家に伝わる国宝級の魔道具の一つ、水鏡よ。」
普通の鏡を想像していたのですが、文字通りの水鏡だったとは。
「ところで、魔杖の調査や対応は、私とリュシーナさまだけで進めるのですか? 水精家ともなれば、優秀な術者や研究者を、大勢お抱えかと思いますが。」
「そうね、私の術の研究や実験であれば、水精家の精霊術師団が常に関わっているわね。」
「この魔杖にも、リュシーナさまの術が関わっているのでは?」
「コルダ様。今回の術の行使は、内密のもの。家として使ったのではなく、私が個人的に使ったものなのです。だから、術を使ったということは、お父様にも秘密よ。」
「そうなんですか…?」
「蘇る可能性なんて無いと思っていたから、この杖は平和のための歩みに供出されたんだもの。」
「えーと、てっきり、元々の杖の精霊を制御するために、新たな精霊を重ねて封じたんだと思ってました。」
「そんなつもりがあったら、もっと時間をかけて丁寧に準備してたわよ。私の誤算、私の過失ってことは認めるわ。」
「じゃあ、精霊を封じたのは、別の目的が?」
「そうよ。」
「それは、どうなったんです?」
「ふふ。ちょっと予定とは違う形になったけれど、おおむね達成できたってところかしらね。
ボタクリエ商会への依頼としては、この魔杖の危険性を調査して、安全な状態にすること、ね。」
まだよく分かりませんが、依頼は依頼ですね。
「ボタクリエ商会との条件交渉は、いつもどうしているんです?」
「水精家とボタクリエ商会の付き合いは長いのよ。この件だけでの算定ではなくて、その他もろもろの案件とまとめての話になるわね。平和のための歩みの催しの仕切りを土精家に持っていかれたのは痛かったけれど、って、これは家同士の話ね。
ともかく、コルダ様は、問題の解決に集中していただければ大丈夫、大丈夫。」
ええ、まあ、まずは、目の前の問題を把握することが先ですね。
僕はボタクリエ商会のいち見習いに過ぎませんからね。
「わかりました。魔杖の調査を、始めましょう。」
リュシーナさまが術式を発動させると、空だった器の中から水があふれてきて、へりの部分まで満たされて行きます。
器の口元に杖をかざすと、水面に杖の姿が映り……、おお、その背後に、ぼんやりと精霊の姿が映し出されています。
幽玄な衣をまとい、ゆらゆらとうつろう光が舞って、いかにも精霊らしい、幻想的で厳かな佇まいです。
水面に少し波紋が湧きたつと、精霊の声が聞こえてきました。
「水鏡の御子、リュシーナよ。盟約に基づき、そなたへの力添えを行おう。だが、この杖に封じられし精霊は、あまりにも強大にして獰猛。わが力も、及ばぬやもしれぬ。」
「リュシーナ! リュシーナ、ちょっと、こんなの聞いてないわよ、どうしてくれんの!」
おおっと。
水鏡からの声と、杖から漏れている声の、両方が聞こえてきます。
これは……、いつぞやの、髪飾りの精霊のことを思い出しますね。
精霊にも、本音と建前があるという……。
ま、それはともかく……。
「やはり、このままというわけにはいかないようですね。」
「でしょうね。で、コルダ様のお見立てでは、どのような方策があるのでしょうか?」
ええ……? いきなりの、無茶振りじゃないですか。
何を言ってるんですか、と返そうとして、リュシーナさまが期待に満ちた、いたずらっ子のようにも見える表情でこちらを眺めているのが目に入ってしまいます。
「人払いは、済ませてありましてよ。」
この方、一体どこまで掴んでるんでしょうね。