水精家本邸へ
「え、ひょっとして、ミツルギ様のように、修行をしてみたかったと?」
コクリと頷く美少女一人。
いやあ、ただ縦に首を振るだけで絵になるって、すごいですねえ。
それはともかく。
しかし、困りましたね。
ミツルギ様がダンジョンで超高効率の成長を遂げられたのは、あくまで魔剣を通じて魔素を吸収したからです。
リュシーナさまが魔獣を狩ったところで、実戦経験にはなるでしょうが、そこまでの成長は期待できません。
「残念ながら、ミツルギ様の修行は特別なものでして、同じ場所へお連れしても、リュシーナさまの修行にはならないのです……。」
「そうでしたか。」
あれ? 食い下がるかと思ったら、意外とあっさりと。
「では、この杖に閉じ込められたわたしの精霊を、何とかしてあげたいのですが、力を貸していただけませんか。」
閉じ込めたの、あなたでは……?
「愚かなわたしを、いかようにも責めてください。」
いえ、別に責める気はありませんが……。
と、なんでこちらの考えてることが読めるんでしょうね。
「リュシーナさまは、これまで、この精霊とどうやって対話してきたのですか。」
「家の魔道具を使えば、互いに声を伝えることができるのです。では、力を貸していただけるのですね。それでは、参りましょう!」
なんでしょう? 元気な感じになってきましたね。
僕も、精霊の声を聞いてしまった以上、気になるところです。
力になれるものなら、手伝うことにしましょう。
「アラモードさんはどうします? 僕は水精家のお屋敷にうかがうことになったんですが。」
「水精家にか? ……お前さんに、お任せするよ。」
ひらひらと手を振って、さっさと行けと言わんばかりです。
リュシーナさまの様子をうかがっていたお供の方々が、早くも馬車を回してきています。
段取りのよろしいことで、日常茶飯事なのでしょうか。
「さ、コルダ様!」
あ、はい。
水精家のお屋敷には、何年か前にもお邪魔しています。
ですが、一応。
きょろきょろと、急に大邸宅に連れてこられた商人見習の子供をアピールしてみます。
「これはなんという魔道具でしょう!? こちらはどういった品で?」
ぶしつけなのを承知で、目に入った珍しいものについてお屋敷の方々に尋ねていきます。
アピール、アピールっと。
「コルダ様? 何をしているのですか? そのような者達と遊んでいないで、こちらへ。」
台無しです。
お供の方たちにも、何かの事情がある相手と、すっかりばれている様子です。
本邸の中でも、奥の方へ。
謁見の間のような、応接室へ。
「爺、お父様をこちらへ。家に伝わる魔杖に、何かが起こっています。緊急の、用件です。」
執事頭らしき男性に、声をかけています。
すばやく執事頭は部屋を出ていきますが、余計な音は立てません。
さすが、鍛えられていますね。
と。
お父様……?
「え、魔杖の精霊の、声を聞くという話では……?」
いきなり連れてこられてうら若き女性の父親と対面というのは、やましいことがなくとも心の準備が欲しいものですよ?
「水鏡の魔道具を扱うには、当主の許可が必要なのです。しかも、それを外部の者に見せようというのですから、事前にお話をしなくては。」
「あ、はい。」
魔道具となっている扉がわずかに魔力を発したかと思うと、ご当主が入ってきました。
早くないですか!?
しかも無造作すぎますよ?
ちら、ちらとご当主とリュシーナさまが視線をやり取りしています。
念話……ではないですね、高度なアイコンタクト、でしょうか。
「お初にお目にかかります、ボタクリエ商会の見習い、コルダでございます。」
商人の礼を取りますが、ご当主もリュシーナさまも、うんうんとうなずくだけです。
「私が当主のダンディナスだ。」
「お父様、こちらがコルダ様です。今はボタクリエ商会の従業員というかたちですが、土精家の魔剣の復活、そしてその後の修行を取り仕切ったのはこの方です。」
「おお、噂へ聞いておるぞ。」
僕の方へ、目をやります。
力強い瞳ですね。
「この度、我が家に伝わる魔杖にも、常にない反応が見られたことから、その対応を依頼したところにございます。水鏡の使用を、お許しいただけますか。」
「なんと、長きにわたり誰にも使えなんだ魔杖に、何かの兆しが!?」
えーっと。
置き去りにされている……というよりは、もはや小芝居のような。
片手を挙げて、申し立てます。
「つまるところ、私めはどうしたら?」
話を邪魔されたことを歯牙にも掛けない様子で、ご当主は微笑んでいます。
「なに、困っている娘の手助けをしてやってほしいというだけだよ。ご協力いただけるかな、コルダ殿。」
は、はぁ。
なんだかよく分かりませんが、お仕事の依頼ということでしょうか。
ま、そうじゃなくても、魔杖の精霊は気になっていますが。
「では、魔杖の事故を未然に防ぐよう、力を尽くします。」
「よろしく頼む。」