魔杖の秘密
魔杖の精霊の、声が聞こえます。
「……リュシーナ、リュシーナ! やばい、やばいってコレ! どーすんのよぉ! こんなの目を覚ましたら、あたしじゃどうにもなんないよぉ!?」
なんでしょう……?
魔道具の精霊にしては、おかしなことを口走っています。
ですが、リュシーナさまには、直接聞こえているわけではなさそうですね。
ちょっと落ち着かない様子ですが、危険を感じているようには見えません。
「リュシーナさま……? その魔杖、リュシーナさまに反応した時の、様子をうかがっても?」
「ええ。今日は、水精家からも、魔道兵器がいくつも供出されているわ。いずれも長い間宝物庫で眠っていたものばかりですけれど、中には幼い頃にお話をうかがった品物もありますの。思い出の魔道具と、最後にお別れをしてもおかしくはないでしょう?」
「はい……。」
言っていることは分からないでもないですが、考えてきた原稿をそらんじているかのような、宙に向けられたリュシーナさまの目線が気になります。
「そう、この魔杖は、私が幼かった時分の思い出の品。聞き分けの悪いことを言うと、この杖の中から恐ろしい魔物がやってきてお前を食べてしまうぞ、と、お爺さまがよく私をおどかしたものです。」
「それは、本当に危険な魔道具だったりしませんか……?」
「あら、さっきも言ったとおり、長い間、誰にも扱えず、何も起こらない魔道具だったのです。お爺さまがおっしゃっていたのは、この杖には確かに恐ろしい精霊が封じられているけれど、かつての祖先が外に出てこられないようになさったのだとか。」
「そんな魔道具が、リュシーナさまに反応したのですか?」
「そうですね、魔道具より、この杖を手放してはならない、手元に置いて使いこなせという精霊の啓示を聞いたように感じています。」
「うーん? それが、先ほどのような光なのですか……?」
「あれは…… この杖の持つ、力の一つで…… 水や風の精霊の力が宿っていまして……」
なんだか急に説明がたどたどしくなりました。
これは…… 用意していた説明では間に合わなくなった時に引き起こされる…… ある種の現象に…… よく似ていますね……。
にしても、リュシーナさまは何のために、こんな説明の用意をしたのでしょうか……。
それに、非常に優秀なお方のはず。
用意をしようというのなら、もっと流ちょうに全てを説明しきっても良さそうなものですが。
なんでしょうね、嘘はついていないのかもしれませんが、どうも精霊の声とも食い違いがあります。
「リュシーナさま、この杖に宿っている精霊の娘は、リュシーナさまと縁が深かったのでしょうか?
昔から、リュシーナさまのことを、助けてくれたりしたのではないですか?」
「え? ええ、そうね。小さなころから、そばにいた精霊よ。」
「すると、リュシーナさまの、護り石だったのでしょう?」
「ええと、三歳の時に、お爺さまから頂いた、精霊石で……
つまり、精霊の声を、聞いたのですね。」
バレてしまっても、なんでかちょっと嬉しそうですね。
「精霊の娘が、とても心配して、困っています。何が、あったんですか?」
「困っている……? 何をですか?」
「杖の精霊のことを怖れて、騒いでいます。」
「え!?」
今度は、素で、驚いているようです。
「でも、封印の術式は、きちんと働いているはずですわ。」
「そうですね。精霊の娘も、杖の精霊が魔道具から出てきてしまうことを心配してるわけではないみたいです。」
「じゃあ……?」
「魔道具の中で、封じられていた杖の精霊と向かい合うことを恐れているようです。」
重要な、秘密です。
リュシーナさまの、耳元で、小さな声で伝えます。
「重付の術を、用いたのですね。
なみの魔道具の精霊であれば、あなたの施した術式と合わせて、主導権を確立できなかったとしても、併存くらいはできたのでしょう。でも、今回は、条件が悪かったようですね……」
「ど、どういうこと?」
「精霊を封じるための術式が、リュシーナさまの術式をも阻害しているようです。精霊の娘は、術式の支援無しに、封じられている杖の精霊と、やりあわなければならないようです。」
「そんな!」
「僕に気づけることが、リュシーナさまに気づけないわけがありません。つまり、この状況も、ついさっき起こったものなのですね。」
「え、ええ。」
「なぜ、重付の術を?」
「け、継承者に、なるためよ。」
「継承者に? こんなことしなくとも、リュシーナさまは、水精家の筆頭候補者でしょうに。」
「違うの、家のことじゃないの。……修行に、出るためよ。」