師への思い
コルダ殿が、ニコニコと笑顔を振りまきながら、立っている。
まるで、愛想のよい商人のように。
「ミツルギ様の姿が急に見えなくなったので、どうしたのかと心配してしまいましたよ。」
「あ、ああ。騎士団の、知り合いを見かけたのでな。つい追いかけてしまったのだ。」
ミツルギは、挙動の不審を隠せない。
「そちらは?」
「私の、新たな勤め先の上司だ。シュッツコイ殿、こちらがボタクリエ商会のコルダ殿だ。」
シュッツコイは、動揺を押さえ込み、かろうじて無礼にならない程度の挨拶を示す。
「おお、あなたがコルダ殿。お噂はかねがね。
シュッツコイと申します。これより先、ミツルギ殿の力を借りていきたいと考えております。」
「ああ、ボタクリエさんから、大まかにお話をうかがっております。帝室の関係の方ですね。
私がコルダでございます。
ミツルギ様、土精家を出されると聞いた時には驚きましたが、お役目が用意されていたようで何よりです。
存分に、力を発揮してください。今のあなたには、かつての勇者のように大きな力があるのですから、自信を持って。」
コルダ殿の口調、表情は、平穏で、祝福に満ちたものだった。
私は、覚悟を決めて、コルダ殿に向かい合う。
「コルダ殿……。一つ、聞いてもよろしいか。」
「なんでしょう、ミツルギ様。」
「そなたを追いやった者たちのことを、恨んだり、憎んだりしているのか。」
「えっ!?」
コルダ殿は、絶句して目を見開いている。
シュッツコイも、その背後で、驚いた顔をしている。
私には、隠し事はできぬ。
聞かねば、振る舞いのおかしさに、いずれ問いただされるだけだろう。
コルダ殿は、何度か目をしばたかせた後、辺りをはばかるように小さな声で応えた。
「ミツルギ様も、気づいてしまったのですか…… いつから、ですか。」
「いや、つい先ほどだ。」
ふうむ、とうなりながら、コルダ殿はシュッツコイに目を向ける。
「シュッツコイ殿が、気付かれたのですか。」
「む……、私は、単なる憶測を語ったに過ぎぬ。気を悪くしたのなら、謝罪させてほしい。」
「……いえ、謝罪の必要はありません。ただ、できれば、お二人だけの秘密にしておいてください。今の私は、ボタクリエ商会の、いち従業員として暮らしているのですから……。」
「わ、分かった。約束しよう。」
「それと、先ほどの問いへの答えは、恨んでなどいない、ですよ。私があるのは、あの方たちがいたからこそ、なのですから。教えられたことがらも、思い出も、大切にしています。」
「コ、コルダ殿……。」
魔王討伐戦争より百年余。
歳も取らぬその身体では、表立って他人と長く暮らすことなどできまい。
あるいは、追手の掛かるときもあったかもしれぬ。
周囲の人間を巻き込まぬよう事情も話せず、意にそまぬ別れも数多く重ねたことだろう。
私の不遇など、この少年の過酷な人生に比べれば、どれだけ気楽なものか。
そ、それなのに、このお方は……
人の心を失わず、こんなにも軽やかに、日々を愉しんで暮らしていらっしゃる……。
よろよろと近寄っていくミツルギに、コルダは若干後ずさっている。
「な、なんでしょう……?」
「コルダ殿、あなたは、私の生涯の師です……! 私も、力におごることなく、人としての道を、歩んでいきます……。
あ、ありがとうございました……!!」
ミツルギは、あふれ出る涙を抑えることもできぬまま、コルダの手を握りしめた。
シュッツコイは、目を赤くして空を睨みつけているのだった。