表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
171/237

師への思い

コルダ殿が、ニコニコと笑顔を振りまきながら、立っている。

まるで、愛想のよい商人のように。


「ミツルギ様の姿が急に見えなくなったので、どうしたのかと心配してしまいましたよ。」


「あ、ああ。騎士団の、知り合いを見かけたのでな。つい追いかけてしまったのだ。」


ミツルギは、挙動の不審を隠せない。


「そちらは?」


「私の、新たな勤め先の上司だ。シュッツコイ殿、こちらがボタクリエ商会のコルダ殿だ。」


シュッツコイは、動揺を押さえ込み、かろうじて無礼にならない程度の挨拶を示す。


「おお、あなたがコルダ殿。お噂はかねがね。

シュッツコイと申します。これより先、ミツルギ殿の力を借りていきたいと考えております。」


「ああ、ボタクリエさんから、大まかにお話をうかがっております。帝室の関係の方ですね。

私がコルダでございます。

ミツルギ様、土精家を出されると聞いた時には驚きましたが、お役目が用意されていたようで何よりです。

存分に、力を発揮してください。今のあなたには、かつての勇者のように大きな力があるのですから、自信を持って。」


コルダ殿の口調、表情は、平穏で、祝福に満ちたものだった。

私は、覚悟を決めて、コルダ殿に向かい合う。


「コルダ殿……。一つ、聞いてもよろしいか。」


「なんでしょう、ミツルギ様。」


「そなたを追いやった者たちのことを、恨んだり、憎んだりしているのか。」


「えっ!?」

コルダ殿は、絶句して目を見開いている。

シュッツコイも、その背後で、驚いた顔をしている。


私には、隠し事はできぬ。

聞かねば、振る舞いのおかしさに、いずれ問いただされるだけだろう。

コルダ殿は、何度か目をしばたかせた後、辺りをはばかるように小さな声で応えた。


「ミツルギ様も、気づいてしまったのですか…… いつから、ですか。」


「いや、つい先ほどだ。」


ふうむ、とうなりながら、コルダ殿はシュッツコイに目を向ける。


「シュッツコイ殿が、気付かれたのですか。」


「む……、私は、単なる憶測を語ったに過ぎぬ。気を悪くしたのなら、謝罪させてほしい。」


「……いえ、謝罪の必要はありません。ただ、できれば、お二人だけの秘密にしておいてください。今の私は、ボタクリエ商会の、いち従業員として暮らしているのですから……。」


「わ、分かった。約束しよう。」


「それと、先ほどの問いへの答えは、恨んでなどいない、ですよ。私があるのは、あの方たちがいたからこそ、なのですから。教えられたことがらも、思い出も、大切にしています。」


「コ、コルダ殿……。」


魔王討伐戦争より百年余。

歳も取らぬその身体では、表立って他人と長く暮らすことなどできまい。

あるいは、追手の掛かるときもあったかもしれぬ。


周囲の人間を巻き込まぬよう事情も話せず、意にそまぬ別れも数多く重ねたことだろう。

私の不遇など、この少年の過酷な人生に比べれば、どれだけ気楽なものか。


そ、それなのに、このお方は…… 

人の心を失わず、こんなにも軽やかに、日々を愉しんで暮らしていらっしゃる……。


よろよろと近寄っていくミツルギに、コルダは若干後ずさっている。

「な、なんでしょう……?」


「コルダ殿、あなたは、私の生涯の師です……! 私も、力におごることなく、人としての道を、歩んでいきます……。

あ、ありがとうございました……!!」


ミツルギは、あふれ出る涙を抑えることもできぬまま、コルダの手を握りしめた。

シュッツコイは、目を赤くして空を睨みつけているのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ