勇者コルダ
コルダ殿が、勇者……?
それに、勇者は表舞台から駆逐されていった……?
唐突な話題に、思考が停止してしまう。
足を止めたミツルギは、なぜか修行の帰路の光景を思い出していた。
荷馬車の上、アラモード殿とコルダ殿のやりとりだ。
休憩に向いた場所を探して、少しゆっくりと荷車は進んでいた。
ミツルギが窓を開けていると、二人の声が聞くでもなく聞こえてきた。
「しかし、ミツルギ様は、えらいこと強くなっちまったな。」
「今のミツルギ様は、十分に魔素を取り込んだダンジョンマスター。
勇者風にいうならば、地上に現れた魔物を統べる者です。」
「レイド……ボス……。コーダなら、どう攻略するんだ?」
「本体を傷つけようと思ったら、幾重にもまとった魔素の防護を削りきらねばなりません。それも、魔剣による雷撃の雨を回避しながら。
なら、戦いが始まる前に、最大の攻撃を仕掛けるしかないでしょう。
普通の軍備でミツルギ様を討伐しようと思ったら、要塞を落とすレベルの戦力が必要でしょうからね。」
「はっはっは、寝込みで無力化するってか。コーダらしいな……」
「ふふ、僕の戦いに、名誉など要らんのです。」
レイドボス…… 要塞……。
それは、修行の末に人が行きついた姿の表現としてどうなのか、大いに疑問に思いつつ、黙って聞いておいた。
魔素を集めるにつれ、私の力が人外の域のものとなっていったとき、ウラカータ殿やアラモード殿は私と一緒になって驚き、時にはおののいていた。
だが、コルダ殿は、楽しそうにするばかりで、何の不思議もないような様子だった。
勇者の力は、そういうものだと知っているかのように。
魔剣を見いだしたときもそうだった。
旧邸の剣の間で、いくつかの品物を取り出して、何かの力を発動させていた。
それによって魔剣が目覚めたのだとすると、それは勇者とつながりのある魔道具だったのだろう。
魔剣とも、語り合っているような雰囲気を持っていた。
だが。
それほどの存在でありながら、つい最近まで、帝国貴族の間では全く知られていなかった。
帝国による排斥を避けて、隠れ暮らしていたのだとしたら。
「平和になって、勇者の持つ力は、帝国にとって危険なものとみなされたのか。」
「そうだな。実際、帝国に従わずに勝手な振る舞いをしていた勇者も、少なくなかったようだ。そもそも、圧倒的な戦力を持つ勇者を、皇帝の命や国法で縛れると考える方がおかしいのだが。
色仕掛けや孤児の押し付けなど、義理や人情につけ込んでいるうちは、まだかわいいものだったんだが、反乱の後に生みだされた勇者に至っては、反乱防止の術式を埋め込まれた者までいたという。」
「もしコルダ殿が勇者の生き残りであったならば、帝国に恨みを抱いているのだろうか……?」
「分からぬ。どの勇者がどのような目に遭わされたのか、おそらく記録も残されていまい。
魔剣を蘇らせ、こうしてミツルギ殿に預けている以上、魔王と対抗することに協力してくれるとは思うのだが……。一方的な善意を期待するのは、慎まねばなるまい。」
軽く溜息をつくしかなかった。
「私は、勇者代行だという。そうなると、私もかつての勇者と同じように、いずれ危険視されるのではないのか。」
「それもまた、何とも言えぬ。どれほど力を持とうが、お前さんが人間としての暮らしを望むのであれば、居場所はあると思うが、な。」
「無力ゆえに居場所が無かったことに比べれば、まだましだと考えるべきか。」
「財や美や武、どんな形であれ、力を持つ者は、望むと望まざるを問わず、周りが放っておかぬ。残念ながら、それは太古の昔から変わらん真理だろうな。」
「やれやれ、まだ仕事も始まっていないというのに、退職後の心配をしなければならんとは。」
肩をすくめてみせる。
だが、口にしているほどには、心の澱は少ないようだ。
この、シュッツコイという男と、語っているからか。
厄介事で苦労はあるだろうが、あがいていれば、そのうち何とかなる。
この男が発するそういう気配が、伝染するのだ。
「シュッツコイ殿は、昔から苦労が多かったのか?」
「まあな。不遇の記憶ならば、一晩語っても尽きぬぞ。」
「遠慮させていただこう。しかし、それでよくも隊長格までたどり着いたものだ。」
「しつこいのが、取り柄でな。」
シュッツコイがニヤリと口を歪めてみせたのを合図に、二人は再び歩きだす。足取りは、軽くなっていた。
と、その背後から。
「おや、ミツルギ様。そちらに、いらしたのですか。」
ぎくりとして、振り返る二人。
微笑みながら、コルダが立っていた。