魔剣に仕えし者
中年の隊長格の騎士に、肩を掴まれた。
びくりと身体を震わせるが、何も言い返せない。
まるで、魂を縛る呪詛だ。
いつものように。
何が修行だ、力だ……。
ゆっくりと落ちていくような感覚の中、背筋に、ピシリと電撃が走る。
魔剣の……、叱咤なのか。
顔を上げる。
「わ……、私に、触れるなぁっ!」
手を振り払った、だけのつもりだった。
だが、その騎士の鎧は大きな音を立てて留め金がはじけ飛び、本人も転がるように地面に叩きつけられた。
「ぐふぁっ!」
「な!?」
「じゅ、術か?」
「ひ、卑怯な、不意打ちを仕掛けるとは!」
「魔剣の力で、思いあがったか。やはり、騎士になどなれるはずもない輩であったわ。」
集まってきた騎士達が、口汚くののしりつつも、距離を置いている。
副長の優男が、足下でうめいている男を引き起こしながら、ねちっこい口調で絡んでくる。
「土精家を出て、再び、魔剣と共に、旅に出されるそうですな。魔剣の使い手というよりは、魔剣の従者と名乗った方がよろしいのでは?」
もう、いい。
生まれ育ったこの領土で、認められたかった。
私の中で、その思いが、ようやく断ち切れた。
ふふ、魔剣の従者か。
そうだな。
私は、魔剣の導きに、従おう。
コルダ殿。アラモード殿。ウラカータ殿。ケーヴィン殿。
わずかな修行の旅の間でさえ、尊敬に、時には畏怖に値する人間に、幾人も、会うことができた。
世界は広い。
すべてを捨てて、魔剣と共に、旅をするのも一興ではないか!
ゆらゆらと、首を揺らしながら騎士どもをねめまわす。
「ふん、我は魔剣に仕えし者、ミツルギ。
置き土産に、ちっとばかり、お行儀の悪いあっさんどもに、お灸を据えていくとするか。」
剣を抜くまでもない。
柄頭に手をかけて念じる。
宙に浮いて火花を散らす閃光が、ひとつ、ふたつ、みっつ……。
「そちらは全部で何人だ? くくく、算術は少々不得手でな。」
閃光一つひとつに込められた力の密度に気付いた副長は、半開きの口であえいでいる。
「ば、馬鹿な…… それをどうする気だ…… や、やめろ、やめてくれ……」
と、私の背中にとん、と手が当てられる。
接近する気配を感じなかった。
いや、目の前の副長も、おかしな目線の動きはなかった。
何者だ。
「こんなところで、何をやっている。」
静かだが、凄みのある声だ。
ふん、ちょうどいい。
コイツなら、手応えがあって楽しめそうだ。
だが、振り返ると、視界に入ったその男の視線は、騎士団の男どもに向いていた。
「俺の部下に、くだらんちょっかいを出すな。次に見かけたら、どうなるか……。」
ヒュッと音を立ててその男が剣を振るうと、閃光の一つが、音もなく消滅した。
「な……!?」
「むぅ。」
副長も私も、思わず声を上げる。
「分かったら、さっさと立ち去れ。」
「あ、あんた、何者だ……。」
「名乗りは上げられん。」
「く……。騎士の名誉は持たぬようだが、その顔、忘れんぞ。」
まだ自力では立てない様子の隊長を他の騎士に委ね、副長は踵を返して立ち去っていく。
「おい。」
その男が、ぶっきらぼうに声を掛けてくる。
「……なんだ。礼なぞ、言わんぞ。」
「お前がミツルギだな。まずは、この物騒な火花を、片付けろ。」
私は、ふぅ、と息を吐くと、閃光を魔剣に吸わせた。
「便利な力だな。」
「……魔剣の、力だ。私のものではない。」
再び、脱力感がやってきた。
「何を言っている? お前がやったんだろう?」
「発動させたのは私だが、私の力ではない。」
「勘違いをするな。力の出所を問題になぞしていない。その力に、誰が責任を持っているのかという話だ。」
「力の、責任……?」
「お前が発動させて、止められるのはお前だけだ。その力に、お前は責任を持っている。」
おかしな話をする男だ。
「おぬしだって、先ほど、私の雷矢を、何でもなく消して見せたではないか。」
「ハッタリだ。もう一つ消そうと思ったら、明日まで待たねばならん。」
「……自分の力を、明かすのか? それとも、それもハッタリか。」
「そんなことは、どうでもいい。伝えに来たのは、今日からは俺、シュッツコイが、お前の上司だということだ。」
「……はぁ。」