修行の果てに
ミツルギは思い返す。
この十日間の出来事を。
ダンジョンの探索に向かい、ゲートを超えて進んだ先は、美しい楽園のような高原であったこと。
ミツルギが見たこともないような花々が咲き乱れ、うららかな日差しを照り返している草原と木々の緑が目にも鮮やかである。
ウラカータ殿も、「ダンジョン……?」と眉をひそめていた。
巨大な霊樹の精霊から、魔物を討伐する使命をいくつか授かったこと。
「修行ですから、いっぱい魔物を討伐しませんとね」とコルダ殿は言う。
不思議な言いようだ。
修行のために使命を授かるわけでもなかろうに。
魔物の群れを、数え切れぬほど討伐したこと。
修行ではあるが、「魔素を集めればいいわけですから」とコルダ殿は言った。
羽虫の群れをコルダ殿の術で焼き払ったり、特定の植物だけを選んで刈り取ったり、戦闘とは言えぬものもいくつもあった。
それでも、魔剣をかざせば黒い靄が集まってきて、私の中に力強い精気が宿るのを感じられた。
危険な魔物を狩ることもあった。
ウラカータ殿がおびき出し、アラモード殿が足止めし、コルダ殿の指示に従い、私が魔剣を発動する。
雷撃のような煌めきと衝撃がほとばしり、四十メルテルは離れた場所からでも、大型の肉食獣を一撃で死に至らしめる。
私は、剣を振るうわけでもなければ、細かな狙いを付けているわけでもない。
素早く不規則な動きをしている獣に向けて、勝手に雷撃が飛ぶのだ。
「これは……、修行と言えるのだろうか……?」
コルダ殿に、問うたこともあった。
「魔剣には、様々な力があります。ミツルギ様は、どのような結果をもたらしたいのか、素早く念じる修練をしてもらえばよいでしょう。
殺さないように使う軽い技、一撃で倒せる戦闘用の技、あとはとっておきの派手な大技くらいの区別でよいのではないですか。」
剣術と呼ぶにはあまりに大雑把な発想であったが、確かに、この魔剣による多彩な攻撃を自ら使い分ける自信は無かった。
私は、魔剣の導きに身を委ねることとした。
ゆけ。
念じるだけで、戦況に応じた技が、程よく繰り出されていた。
「私は、魔剣を使いこなしているのか? 強くなっているのか?」
「強くなろうという気持ちを捨てた先、無我の境地にこそ真の強さがあるのだそうですよ。」
「もはや、魔剣が独りでに戦った方が、早いのではないだろうか。」
「素晴らしい! 魔剣と、一体の境地ということですね。でも、伝えなければ伝わらない気持ちというのも、あるのですよ。」
コルダ殿の気遣いにもかかわらず釈然とせぬ気持がくすぶっていたが、それでも私の力は強く、体は頑丈になっていった。
上空から突然襲いかかってきた三メルテルほどの甲殻羽虫の顎も鈎爪も、帽子もかぶらぬ私の顔を、わずかにさえ傷つけることはなかった。
思わず振り払った素手の一撃で甲殻羽虫が体節ごとにバラバラになったのを見て、アラモード殿の顔が引きつっていたのは、少々気になるところだったが。
少し意外なことに、魔剣は、戦い以外の力も持っていた。
夕闇が辺りを覆う頃になると、魔剣を地面に突き立てる。
美しい魔道布が幾重にも巡らされた天幕が、地面を覆った光の陣の中からするすると立ち上がり、広がっていく。
天幕の中には客室から主寝室から浴室まで、いくつもの仕切られた部屋があり、足元にも厚手の織物が敷き詰められていた。
「魔剣の精霊は、立派な邸宅を作り上げ、維持していたくらいですからね。主の日々の快適な暮らしを守るのも、魔剣の大事な役目ということですよ。」
魔剣の力が破壊するものだけでなかったことに、私はささやかな感謝を覚えていた。
明日には、いったんダンジョンを出て、帝都に戻るという。
日によって香りの変わる薬湯で湯あみを済ませ、騎士団の寮よりもはるかに寝心地のよい寝台に横になりながら、ミツルギは父の言葉を反芻していた。
剣の力に見合うものを、身に付けて参れと。
それまでは、帰ることは許されぬと。
私の手元にあって、魔剣は一軍に匹敵するような力を放つことができる。
もはや普通の剣士など、魔剣を抜かずとも指先一つで打ち倒すことが可能であろう。
単なる戦いであれば、騎士団長といえど、相手になるまい。
それだけの力を持っているという自覚はある。
だが、これを自信と言ってよいものか。
家を出てより半月と経たぬが、このまま父の下へ帰って、認められるものなのだろうか。
ミツルギの心は、困惑と不安にかき乱されたままであった。