倉庫に名前を
ウラカータの率いる荷馬車隊は、コルダの案内に従って、何の変哲もない村に入った。
街道沿いではあるが、しばらく行けばもう少し大きな町があるため、商業上の価値は低い。
町への食糧供給が主な役割というところだろう。
素朴で質素な風景の村道を進み、コルダが示したのは、異彩を放つ小さな東屋のような建物だった。
明らかに魔道具化されたその屋根と柱だけからなる建物は、金属のような光沢を持った滑らかな素材で覆われており、村の建物と並んで位置しているものの、他の建物からはまったくかけ離れた存在感を示している。
コルダとアラモードが、何故か首をかしげている。
「なんでしょうね。これ。」
疑問を口にしながらも、コルダが手のひらをかざすと、ほのかに光が灯り、五メルテル四方ほどの床全体に魔法陣が浮かび上がる。
コルダも、権限を有しているようだ。
東屋は、それ自体が地下へのゲートとなっているようだが、中には踏み込まず、声を掛けている。
「ケーヴィンさん、コルダですよー。魔道具を、運んできましたー。」
農作物でも納めに来たかのような、のんきな声である。
だが、ウラカータも学習している。
コルダには緊張感というものが感じられないことが多いが、コルダが緊張してないからといって、それは決して何事も起こらないことを意味するわけではない。
しばらく待つと、魔法陣の輝きが強くなり、一瞬の後に一人のローブをまとった術者が姿を現した。
黒を基調とした色彩に、いくつもの精霊の力を重ねたと思しき飾りを散りばめた長衣。
呪術的な装飾を施した仮面で目元を隠し、骨をかたどった手甲で両手を覆っている。
ウラカータの展開している蜘蛛の糸のような探知の術に、しびれるような力の反応がある。
このようにひなびた村に、何故、これほどの魔道具をまとう術者が。
いや、コルダの案内なのだ、どのような者が待っていても不思議はない。
しかし、何の変哲もない村の建物にまじって、このような建物と術者があることを、他の村人はどう思っているのだろうか?
通りを行きかう村人は、ちらりとこちらを見るだけで、特に驚いたり関心を抱く様子はない。
この規模の通常の村であれば、よそ者の商人が立ち寄っているというだけでも、村人が集まってきそうなものだが。
強力で広範な隠蔽の術でも展開されているのか?
この村全体が、自身の常識や経験が通用しない空間となっていることに、ようやくウラカータは気づいたのであった。
「ケーヴィンさん?」
「なんだ、その恰好。」
ケーヴィンと呼ばれている術者の前に、するりと立ちふさがる影……いや、ゆらゆらと光を放つ存在が。
「ようこそお戻りくださいました。主ともども、お待ちしておりました。」
一メルテル半ほどの背丈の直立する火精蜥蜴、それも人語を話している!
首元には令呪の陣を施した鎖が巻かれているところからすると、この術者が、高位の火精蜥蜴を支配しているのか……。
「おや、ケーヴィンさんの新たな従者ですか。どうぞよろしくお願いします。」
「フランベルジュ、下がってよい。」
「は。」
火精蜥蜴は、細い目をさらに細めた後で、ゲートの奥に姿を消す。
ちらりとこちらを一瞥しただけで、危険度を見切ったというところか。
「こちらは、ウラカータさん。僕達の商売を、いろいろと手配してもらっています。後ろの荷馬車に、最初の荷が載っています。地下の、封印空間に運び込みたいんですが、いいですか?」
「封印空間、か。吾輩は、昏き函と呼ぶことにしたがね。」
ケーヴィンという術師の言葉に、コルダとアラモードが、再び顔を見合わせている。
深刻な表情ではないが、何か問題があるのだろうか?
昏き函…… おどろおどろしい響きだ。