旅立ちの前夜
父に出立の挨拶を済ませた後、私は騎士団の寮の自室に立ち寄っていた。
最小限の身の回りの品を取りまとめ、残りの私物は実家に送ってもらうよう荷造りしている。
思えば、普段は支給される見習いの制服や練習着で過ごしていることが多かった。
私服など、ほとんど持っていない。
簡素で色味のない服を着て、実家から渡されている豪華な魔道具を身に付けていると、未亡人のようだとからかわれたものだ。
帝都では、喪に服している者は、簡素な服と家に伝わる魔道具を身に付ける習慣がある。
豪華な魔道具を欲しがったわけではないのだが、家付きの付与術士が私のために作ったものが渡されていた。
祝福や加護を秘めており、筋力や敏捷性を高めてくれる、強力な魔道具だった。
少しでも助けになるように、という、親心からの品々。
成績が良いわけでもない私としては、断るわけにはいかなかった。
付けたり外したりすると身体を動かす感覚がずれてしまうので、祖父の形見だと称して、常に身に付けていた。
口の悪い同期の中には、「見せびらかしやがって」と聞こえよがしに語る者もいた。
うんざりするような光景を思い出し、溜息をつきながら、最後の荷の口を閉じる。
今夜は実家で過ごし、翌日には家を出ることになっている。
魔剣のこと、修行の旅のことは、事後的に他の家々に知らされることとなるそうだ。
旧邸での出来事は、幾人も目撃している。
私の噂が広がるのは、あっという間だろう。
実情を把握される前に、ということのようだ。
久しぶりの実家での晩餐は、静かなものだった。
用意された夕食は丁寧で豪華なものだったが、私には、味がちっとも分らなかった。
朝になると、改めてボタクリエ商会の面々が迎えに来た。
年かさの、主任と思しき男がウラカータ。三十路手前くらいの不作法な男がアラモード。例の少年は、コルダという名だ。
今回は、魔道具を運ぶ荷馬車隊と一緒に、目的地へ向かうらしい。
魔道具の一部は土精家のものであり、私は修行を兼ねて警護と見届けの任を受けた形となっている。
コルダは、例によって屈託のない表情で、声を掛けてきた。
「おはようございます、ミツルギ様。久しぶりのご実家は、いかがでしたか?」
「道中で必要な日用品は、こちらで一通り用意していますから、ミツルギ様は手ぶらでも結構ですよ。ああ、肌着の類も、ご用意いたしますか? ははは、冗談ですよ。」
「そんなに緊張しなくても、大丈夫ですよ。行きの道のりは、街道の警備隊や領主が厳重に警護してくれます。修行の場所までは、気楽にいきましょう。」
はっきりしない私の応答にも、てきぱきと答えが返ってくる。
遠方から見習いに来ていると言っていたが、何をどうしたら、こんなにリラックスしていられるのだろうか。
実家での扱いは雑なものだが、私とて五精家という大貴族の娘の一人。
警護の兵が出るとはいえ、魔物の噂のある昨今に、帝都の外を行くのだ。
修業とはいえ、何事かあれば、ボタクリエ商会の責任は軽くないだろう。
準備の段取りの手際を見れば、そのことが分かっていないわけではなさそうだが……。
溜息をつきたくなるような気分に襲われながら、改めてコルダの顔を見る。
美しい顔立ちだ。
年齢の割には、ずいぶん弁も立つし、頭の回転も良いのだろう。
成功を重ねて過ごしてこれば、このように幼くとも自信に満ちた立ち居振る舞いとなるのだろうか。
……いけない、不安そうな私の気分を和ませようとくれているのに、感謝するどころか、嫉妬の気持ちが湧いてきてしまうなんて。
せめて、年上らしいところを見せなければ。
「お気遣い、感謝する。しばらくは帝都も見納めかと思うと、未練めいたものが湧いてしまってな。」
「あれ、そうなんですか? 二、三週間くらいで一度戻ってこようかと思ってますけど、帰りたくない事情でもありますか?」
「昨日の話を、聞いていたろう。私は、この魔剣の持ち主として相応しいところを示せるようになるまで、実家には顔を出せぬのだ。そして、自分で言うのもなんだが、これでも、一年半騎士団で見習いとして訓練した後なのだぞ……」
「ああ、修行の心配ですか。安心してください。騎士団の訓練とは、別物ですから。その剣の主には、それに相応しい修行の仕方が、あるんです。数日でも、見違えるはずですよ! 楽しみにしていてくださいね。」
ああ、何故にこの少年は、こんなにも楽しそうなのか。
修行をするのは、私なのだろう?
一体どんな修行を、させるつもりなのか……
せりあがってくる溜息を飲み込むと、私は馬車へと乗り込んだ。