旧邸へ
「アラモードさん、何か、アドバイスとかないんですか。」
限りなく小さな声で、唇を動かさずに隣にささやきかけます。
「あほぅ。一介の商会従業員が、五精家のご令嬢にそんなモノ申せるかよ!」
そういうものですか。
ウラカータさんも、何も聞こえないふりで外の風景を見ています。
くっ。
こういうことを教えてくれる師匠は、僕にはいませんでしたね……。
「じゃあ、ボタクリエさんにいい人を紹介してくれるようアピールするためにも、この取引がうまくまとまるといいですね。」
ボタクリエさん、あとはよろしく!
そして強引に、取引の話に持っていきました。
そうなんです、僕は魔道具を見に来たんです。
「そういえば、今回お話のあったのは、どういう魔道具なんですか?」
「魔道具は、代々の当主が捨てられない性格だったせいで沢山あるんですけれど、先ほどお父様がお話していたのは、魔剣のことです。誰にも使えず、旧邸から運び出すことさえできないので、すっかり厄介者扱いですね。」
魔剣! いいですね。
ただ、ミツルギ様、相変わらず歯に衣着せるというか、本音を隠すという発想さえなさそうです。
一応、取引なんですよ。もうちょっと、売り物を推していただいた方が。
これは、商家の嫁というのも難しいのでは……
「魔剣、ですか。持ち出せないというのはどういうことなんですか。」
「何というか、見ていただければすぐに分かるんですが、抜けないのです。」
おお、英雄譚によくある奴ですね。
選ばれし者のみが抜くことを許されるという。
いいじゃないですか。
「それは、実物を楽しみにしておきましょう。ちなみに、ミツルギ様も試したことはあるんですか?」
「そうですね、一族の者は全員試しています。もっとも、力任せに抜けるような雰囲気ではないので、どうやったら抜けるか分からない、というのが正直なところですが……」
なるほど。
馬車は程なくして、土精家の旧邸へと到着しました。
「これは……素晴らしいお宅ですね。」
美しい。
自然にモチーフを得て、石と木と漆喰でシンプルに彩られたその邸宅は、伸びやかなシルエットは一見単純で質素に見えつつも、目を凝らすとその柱にも壁にも、微に入り細を穿つ細工が施されています。
そして、その秘めた魔力たるや。
邸宅全体が、一つの魔道具になっています。
普通の貴族の屋敷も、防衛や警備のために、柱や重要な壁などは魔道具化して頑丈な構造にしますし、扉や窓、照明などに魔道具を採用して様々な機能を組み込んでいます。
ですが、この邸宅は、すべてが一体の魔道具となっているのです。
「このレベル、この密度で、この大きさの邸宅を一つの魔道具として作り上げるなんて……、一体どうやって付与術を行使したんでしょうね……」
驚嘆のあまり口を開けていた僕に、アラクレイがこそこそと近づいてきます。
「なあ、コルダよ、これって、ひょっとしてダンジョンなんじゃねえか?」
「え?」
「確かに、見たところは屋敷が一つの魔道具のように感じるんだけどよ、周囲に生えてる木やら止まってる鳥まで、何か同じような気配を感じるんだ。それって、魔道具にしちゃ、変だろう?」
「そうなんですか? アビスマリアさん。」
「そうよ。アラクレイは、よく気付けたわね。
この敷地の領域内にあるものは全て、建物も庭の植栽も生き物も、おそらく中の調度品の多くも、みんな一つのダンジョンから生まれてきたものよ。
ほら、旧邸といって、誰も世話をしていなくても、庭木も草も、程よく自然に生えたままの状態を保ってる。割と丁寧に仕込まれたダンジョンね。」
アビスマリアさんにおほめの言葉を戴くなんて、人間にしては、やりますね。
「へー。人間がこんな風に街中にダンジョンを作るなんて、よくあるんですか?」
「ないわけじゃないわね。術師の工房だとか、地下倉庫だとか。」
「それって、ケーヴィンのこと、言ってます?」
「違うわよ。同じようなことを考える人は、いくらでもいるってだけ。」
「でも、この屋敷がダンジョンだとするとよ。例の、魔素が溜まっちまうんじゃねえの?」
「だから、魔剣なんでしょ?」
おっと。アビスマリアさん、サラッと怖いこと言いますね。
これは、なんだかヤバい奴なんじゃ……。
と、ミツルギ様が玄関の方で、呼んでますね。
「鍵を、開けましたよ。どうぞ、中にお入りください。」
ニッコリと、笑っているようです。
糸のような目と、三日月のような唇。
僕とアラクレイは、口をへの字にして顔を突き合わせています。
「……今さら、悪い予感がするってだけで、引き上げるわけにもいくまいて。」
「……悪い予感が、するんですね。」