ボタクリエという商人
「例の倉庫が、ボタクリエ商会の、持ち物だったじゃと? して、直前とは。」
「詳しいことまでは、調べ切れていない。
商談会の騒ぎで、ボタクリエ商会の幹部の周囲には、接触を図ろうとしている人間や商売上の秘密を探ろうとしている連中が、四六時中うろついている。とてもではないが、まともに密偵できる状況ではなかったのだ。」
「なるほど。では、分ったことだけでも教えてもらえるか。」
「あの倉庫を建物ごと、商会から買い取った商人がいたらしい。だが、その直後に、倉庫と魔道具は破壊されている。
ボタクリエ商会は、被害について何も公表しておらぬ。衛兵への被害の届けも無く、衛兵の問い合わせに対しても、売却済みの資産であり、代金の支払いも引き渡しも完了しているため、コメントする立場ではないという回答だったようだ。
商会側に気取られぬよう調べられたのは、その程度だ。」
「わずかな時間で、さすがだな……。で、シュッツコイ殿としては、どう見る。」
「何かを隠してはいるが、深く事情を知っているわけではない、そんな印象だ。先程の意見にもあったが、大きな秘密を抱えているにしては、派手に動きすぎている。
白ではないが、黒でもない。灰色、あるいは、ボタクリエ商会も、何色かに染められつつあるのやもしれん。」
「主導はしていないが、巻き込まれつつあるという可能性か。魔王の手の者から見れば、人間社会への影響力といい、情報源・資金源としての用途といい、利用価値が高いであろうな。
引き続き、監視を頼みたい。」
シュッツコイは、官房長官に対して目線だけでうなずいて見せた。
今度は、ソチモワールが問いを発する。
「ふむ。では、倉庫や魔道具に対して高位の破精術が行使されたという例の現場の方は、どうじゃった。」
「探知の術に優れた者を同行したところ、あの倉庫の地下に、ダンジョンの痕跡が感知された。」
「魔物を呼び寄せたダンジョンコアの力とは、それのことか。」
「破精術の余波なのか、精霊術に支障が大きく、どのような術がどう行使されたのか、明確な結論は出なかった。
だが、その者が言うには、封印されたか廃棄されたか、今は稼働していないようだとのことだった。」
「倉庫の地下の、ダンジョンか。思い当たる節が、無いではない。」
重々しく口を開いたのは、官房長官だった。
「かつて、『教会の根』と呼ばれていた機構だ。」
「教会の……? どういうことだ。」
「話せば長くなるが……。
かつてその倉庫があった場所には、教会があった。魔王討伐戦争当時の教会は、単なる宗教行事の場ではなかったことは知っておるか。」
「勇者の活動に、深い関わりがあったとか。正直言えば、先日聞いた以上の情報は持っていない。」
「うむ。教会は、勇者蘇生の術の拠点施設。勇者蘇生の術は、その身が滅びた勇者でさえも、残された魂の記憶から、肉体を蘇らせる力があったという。だが、その肉体の根源は、どこから来ていたのか。」
「その答えが、『教会の根』なのか?」
官房長が頷く。
「そう難しい話ではない。『教会の根』とは、地下に構築された一種の巨大なダンジョン。そこに蓄積された魔素を使って、勇者の肉体を再生していたのだ。」