商談会、前夜
コーダとアラクレイは、帝都の豪勢なレストランの個室で優雅な晩餐を取っていた。
「たまにはこういう食い物もいいな、コーダ。」
美しく飾られた料理を三人前並べて、ひょいひょいと口にしていくアラクレイ。
脇に置いた葡萄酒は、瓶から直接ラッパのごとくに飲んでいる始末です。
「相変わらず、ひどいテーブルマナーですね。まあ、個室だからいいんですけど。」
「帝都の冒険者の宿あたりは、しょぼいもんだったからな。」
「やっぱり、この辺りじゃ冒険者は存在感が薄いんでしょうか。」
「街道や領地内のダンジョンは各貴族が管理してるし、大型の獲物なんて、ほとんど出ないからな。運送を請け負う商人も多いから、遠方で狩った獲物をここまで自分で運んでくる冒険者は余程の物好きだ。あるいは、特殊な依頼を受けたような本当に有力な冒険者は、依頼人が囲い込んで目立たないようにしてるかもしれん。」
「冒険者ギルドも、本当に単なる事務所の雰囲気でしたもんね。」
「ところでよう、ボタクリエのとこで言ってた、風穴みたいな場所って何のことだ? アビスマリアさんは、まだダンジョンにこもる気はなさそうなんだろ?」
「ああ、あれですか。嘘とは言いませんけど、半分はでまかせです。」
「あぁん? どうすんだよ、伝説級の魔道具を大量に持っていくことになってるんだろ? それも、ボタクリエのおっさんも一緒って話じゃねえか。まさか、あのおっさんをどうこうしようってんじゃ……」
「何を想像してるんですか。ケーヴィンの工房の地下の一部を、魔道具置き場にしてしまったらどうかと思ってるんですよ。」
「ケーヴィンの? 確かに、場所だけは無駄に広げてきたけどな…… ケーヴィンの奴は、狭い場所の方が落ち着くとか言って、わざわざ小さな小屋を作ってたな。それで、風穴を再建するのか?」
「いや、実際には単なる仮置き場になりますね。時々、僕がまとめて剥奪すればいいかな、って。抜け殻を圧縮して絶魔体にして保管しておく仕組みも、ケーヴィンに作ってもらうつもりですけどね。」
「で、ボタクリエのおっさんには、なんて説明しておくんだ?」
「まだ考えてませんけど、魔道具をいくつか絶魔体で囲んでおいて、ここは封印の神殿なのですとか言ったら、それらしく聞こえないですかね。風穴でやろうとしてたアイデアの、簡易版と言いますか。」
「ああ、あれか。危険な魔道具を抑え込むって意味では、同じだもんな。で、そいつは一種の見本みたいなもので、実際には剥奪で処理しちまうわけか。ふーん。
しかし、一度処分を受け入れたら、その後も頼まれるだろ? それはどうするんだ?」
「風穴を閉鎖させちゃった張本人としては、代わりの施設を用意できればな、とは思ってるんですけどね。これでも、責任を感じて心を痛めているんですよ。」
「お前さんの心は、それくらいの痛みじゃあ、毛ほども揺らがなさそうだけどな。
そうなると、ケーヴィンじゃ、その手の管理人には向いてないな。イーオットなら頼めば引き受けてくれるかもしれんが、行き来するにはちょいと不便だわな。ムクチウスの畑や農場は、引っ越すわけにはいかんからなあ。」
「それだったら、村長さんに頼んじゃってもいいかもしれません。ダンジョンマスターとして、これからも村から遠く離れるわけにはいきませんし、受付窓口くらいは何とでもなるでしょう。」
「頼むって、どういう意味だったかな……。」
アラクレイは、ぼそぼそと呟きながら、手元の肉に食らいついていた。
本人達の意思など、まったく気にしていないコーダであった。
「で、商談会は、何が目当てなんだ?」
「目当て、ですか?」
「わざわざ裏方で入り込むなんて、何か狙いがあるんじゃないのか?」
「歌とか踊りとか、楽しそうじゃないですか。魔道具の流行も気になりますしね。」
「ホントにそれだけかぁ……?」
「そうですよぅ。」
「ま、お前さんの場合、大体の事件は、何も考えていないことから始まって、だからこそ問題なんだけどな……」